後日談 〜例の教科書のケルトレア王国版ができました〜

 


「ケイリー殿? お久しぶりっすね! 調子どーっすか?」

 

 聖騎士城内を歩いていたケイリーは、笑顔で自分の方に向かって歩いて来る、赤茶色の短髪を逆立てた長身で男前な騎士に微笑み返した。
「こんにちは、スタントン君。久しぶり! 私は元気だよ〜! ありがとう」
「そりゃ良かった! 何か急用でもあったんですか?」
 産休で休んでいるケイリーが城内にいる事に、スタントンは首を傾げた。
「ううん。陛下のお顔を見たくなったのと、訓練中のキアヌの萌え萌えな姿を久しぶりに眺める為〜! ハァハァ・・・」
 夫キアヌの麗しい姿は毎日家で見ることが出来るが、訓練中の勇姿を見ることに飢えているのだ。王城から聖騎士城内の訓練所に向かっていた理由をケイリーが明かすと、スタントンは楽しそうに笑った。
「あはは。相変わらずっすね! でも、騎士服姿に見慣れてるから、それ以外の服を着ているケイリー殿って、何度見てもやっぱ新鮮だな〜! 何処のお姫様ですかってカンジ?」
 にやり、と笑ってから、一点に目を留めてスタントンは声を上げた。
「おおっ!! 腹がデカくなってる!」
「へへへ〜。凄いでしょ!」
 ケイリーは満足そうに、大きくなった自分のお腹を手で撫でる。

 
「この中に、ブラヴォド家の子がいるのか〜。・・・いやぁ、ホント、女性は偉大だなぁ」
 ケイリーより3歳年下だが、既に結婚していて一歳の双子の娘を持っている父親であり、愛妻家として有名なスタントンは、しみじみと言った。
 そのまま暫くケイリーの腹を見ていたスタントンが、ふふふふふ、と怪しげな笑みを漏らすと、ケイリーは訝しげにスタントンを見上げた。
「どうしたの、スタントン君?」
「ケイリー殿、あなたは正に愛の女神だ・・・!」
 熱の込められた灰色の瞳で見つめられて、ケイリーは首を傾げて目を瞬かせた後、ぽんっ、と手を打った。

「あ! さては、性教育の教科書を読んだ?」
 例のエクリセアの性教育の教科書は、ケイリーの予想どおりにマルスとワッシャーの手でケルトレアに政策として導入された。文化的にも異なる点などを編集しケルトレア語で書き直されたものが、やっと出来上がったと先程王城で王と兄達から聞いたところだった。
「読みましたよ〜〜〜!! すっごいっすね、アレ! 視点が凄い!」
 興奮気味に言うスタントンに、ケイリーは笑みを漏らす。
「へぇ〜、愛妻家でえっちの上手そうなスタントン君が凄いと思うなんて、ケルトレアの性事情は相当まずかったのですね」
(スタントン君は、私の予想では騎士隊一えっちが上手な男なんだけどなぁ。相手に楽しく奉仕している姿が簡単に想像付きますし。そのスタントン君でさえ凄いと思うとは・・・やっぱりあの教科書って偉大なんですね)

 

「あははは! エクリセアってすげーなぁ! 俺、シャーリーがエクリセア贔屓なの、もう、断然許せちゃうね!! マジ、もう、大感謝ですよ、ケイリー様! 様々!!」
 魔術師部隊に勤めるスタントンの妻シャーリーは、母親がエクリセア人ということもあって、自他共に認めるエクリセア贔屓である。ケイリーとも血が繋がっているシャーリーが、ケイリーの双子の兄達マルスとワッシャーに強く憧れて慕っていることがスタントンは面白くないのだが、どうやら教科書のお陰で許せるようになった模様。
「えへへ〜。それは良かったです。末永く、シャーリーちゃんを可愛がってね」
「そりゃ、もう!! っつーか、もー、すげーの!! シャーリー、超可愛い!! 俺、超幸せ!! いっぱい子供作っちゃう!!」
 ムフフフ、と、この上なく嬉しそうに笑うスタントンを見て、ケイリーは満足げに頷く。
「思った以上の効果があったようですね。えっへん!」
「マルス殿とワッシャー殿にも何か礼をしないと! っつーか、ケイリー殿も、ウチの蔵から好きなもん持ってってくださいよ」
 上機嫌のスタントンの言葉に、ケイリーは目を輝かせた。
「え!? ・・・それは嬉しいです!! グレンファー家の蔵には、かなりの美術品が眠っているはず・・・ハァハァ」

 

 

 

 

 

 スタントンと別れたケイリーが機嫌良く歩いていると、訓練所に続く青灰色の石床に何か落ちているのを見つけた。
 手にとった小さな菓子の上品な白い包み紙に、見覚えのある鹿と剣の組み合わせで出来た紋章の金色の箔押しを見つけて、ケイリーは首を捻った。

「・・・・・・こ、このバカルディ聖騎士爵家の家紋入りのお菓子は、もしや!? チャーリー君が態々材料選びから厳選して菓子職人達の鎬を削らせナターシャちゃん一人のために作らせているという噂の、誰にも分けてくれないものではないですか!! ・・・ハァハァ・・・拾ったのだから私のものだよね?」
 辺りを見回して、誰もいないことを確認すると、ケイリーは拾った菓子をそっと胸元にしまった。

 
「あ、あっちにもこっちにも落ちてる!! ・・・と思ったら、チャーリー君本人発見! ・・・・・・あれ、チャーリー君、どうしたの? なんかフラフラしてない?」
 杏色に近い綺麗な薄茶色の猫っ毛で長身の若い騎士の後姿を見つけて、パラパラと石床に落ちている菓子を拾いながら、ケイリーは声を掛けた。

 騎士になって間もない端正な顔の青年は、振り返ると、橙色に近い明るい茶色の目を驚いたように見開いた。
「・・・ケイリー殿? お久しぶりです。産休中に登城されるとは・・・何かあったのですか?」
「ううん。ただの気分転換だよ〜」
 明るく言うケイリーに、チャーリーはほっとして頷く。
「そうですか。それは良かったです。暫くお会いしていない間に、お腹も大きくなってきましたね。キアヌ殿とケイリー殿のお子ならば、きっと素晴らしく優秀でしょうね。楽しみです」
「えへへ〜。ありがとう。チャーリー君、ナターシャちゃんの餌、もとい、苺のお菓子を落っことしていたよ? ・・・大丈夫?」
 いつも真面目なチャーリーの模範的な言葉に礼を言ってから、ケイリーはチャーリーの顔を心配そうに覗き込んだ。しっかり者で几帳面な彼が物を床に落しながら歩いていて、それに気付かないのは妙だと思った。

 
「・・・ナターシャ・・・・・・」
 魔術師学生である婚約者の名を、頬を染めてうっとりと呟くチャーリーに、ケイリーは首を傾げた。
「・・・・・・顔赤いし、熱でもあるの?」
「いえ・・・」
 気まずそうに目を伏せるチャーリーに、ケイリーは眉を寄せる。

「絶対変だってば。・・・・・・あ! もしかして、チャーリー君も性教育の教科書読んだ?」
「な、何故それを!?」
 はっとした表情で上げたチャーリーの顔が真っ赤な事に、ケイリーは目を瞬かせる。
「・・・そんなに良かったんだ?」
「・・・はい。それはもう・・・・・・大変素晴らしかったです。ええ、本当に・・・」
 ほうっ、と幸せそうな溜息を吐くチャーリーを見て、ケイリーは、ふむふむ、と感心したような顔で頷いた。
「・・・・・・いかにもえっち大好きで女の扱いが上手い雰囲気のスタントン君のみならず、真面目で優しく几帳面なチャーリー君にも大好評ですか」
(チャーリー君は意外とムッツリスケベなのかもしれません。いつもとっても真面目なのに、寝台の上では凄いのでしょうか? ・・・・・・それはちょっと萌えますね。マメそうですし、細かいところにまで神経が行き届いてそうですし、中々良いかもしれません。ムフフ・・・)

 

 ケイリーの怪しい視線に気付かずに、チャーリーは頬を染めたまま真面目な顔で頭を下げた。
「・・・本当に感謝しています、ケイリー殿。マルス殿とワッシャー殿にも後日改めて御礼に伺います。ケイリー殿にも何か価値のある美術品をご用意しなくては・・・」
「え、ほんと!? やったぁ!! なんか、役得だなぁ。えへへ」
「これも差し上げます。召し上がってください」
 何処から取り出したのか謎な大量の菓子を手に乗せられて、ケイリーは頬を染めた。
「わ〜い。ナターシャちゃん用の特製苺菓子をたくさん貰えるなんて、やったね!」

 

 

 

 

 

「ケイリー殿!」
 チャーリーと別れて、益々上機嫌で訓練場に向かっていたケイリーは、聞き慣れた良く通る声に名を呼ばれて振り返った。
 予想どおり、騎士学校最終学年で騎士見習い中のオルデス聖騎士爵家の跡継ぎの、作り物の様に整った顔を見て、ケイリーはにやりと笑った。
「・・・ニール君、ズバリ、君も性教育本のお礼でしょう?」

 

 鮮やかな青の目と落ち着いた色合いの鈍く光るさらさらの金の髪を持つ美少年は、可愛らしくにっこりと微笑み返した。
「良く解かりましたね。ズバリ、そのとおりですよ。スタントンやチャーリーに何か言われましたか?」
「うん。沢山感謝されちゃった!」
 ケイリーが、えへへ、と笑うと、ニールも嬉しそうに、にっこりと笑った。城内で働く女性のほぼ全員が魅了されているニールの微笑には、ケイリーはいつも「花のような」「太陽のような」など何か形容したくなる。
「そうでしたか。あの教科書は本当に良く出来ていますね。目からウロコの情報が沢山ありました。僕、全然女心が解かっていなかったです。大変勉強になりました」
 嬉しそうに微笑みながら真面目な口調で言うニールに、ケイリーは頷いた。
「異性を理解するのは中々難しいもんね」
「本当に、そうですね。僕、あの本に出合えて、人生4割増しに幸せです」
「ニール君にまでそんなに感動されるとは、びっくりです」
 幼い頃から、その恵まれた容姿と優しく明るく純粋そうな性格でお姉様方に大人気のニールは女性に不自由したことはないだろうし、スタントンとチャーリーといつも一緒にいるので、女性に詳しそうな年上のスタントンから色々教わっていそうだとケイリーは予想している。

 

「教科書に載っていた事を色々と細かく具体的にローレリアさんで想像をして、昨夜は大興奮で中々眠れませんでした」
 ニールは嬉しそうに言うと、ぽうっ、と頬を染めた。
 彼が、魔術師学生のルジェ子爵家の末娘ローレリアに夢中だということは、周知の事実だ。
「騎士隊一の美少年が白昼堂々と破廉恥で情けない告白をしているよ」
(・・・一人えっちしているニール君なんて、背徳的でいかがわしすぎて想像も出来ませんよ。美少年の手によってそんなに激しいおかずにされた事をローレリアちゃんが知ったら、男性不信になっちゃうかも。・・・あの子、結構純情そうだからなぁ〜)
 ケイリーの心配を余所に、ニールはうっとりとした顔で、想い人の妄想をしている。
「これでローレリアさんは僕の虜です。嬉しいなぁ・・・うふふ・・・」
「桃色の空気と無邪気な顔で、黒っぽい発言だね」
「え? どういう意味ですか?」
 きょとん、と可愛らしく首を傾げられて、そのあまりの可愛らしさにケイリーは眩しそうに目を瞑った。
「危なげな発言も揉み消す美少年効果! 恐るべし・・・!」
「それでは、ケイリー殿、失礼しますね。あ、今度お礼に何かお持ちします。兄上様方にも宜しくお伝えください」

 ぺこり、とお辞儀をして去っていくニールの後姿を見ながら、ケイリーは呟いた。
「・・・う〜ん・・・私、今までの人生でこんなにありがたがられたことはありませんよ」

 

(ちょっと理由が微妙な気がするけど、気のせいですね。ライオネル様の手にも渡っているだろうから、フェリシテの様子も見に行こうかな?)

 

 

 

 

 

 キアヌの勇姿を堪能して鼻血を出して、キアヌにたっぷりと叱られて、叱られた事にもたっぷりと萌えて満足した後、ケイリーはネグリタ聖騎士爵家を訪れた。

 

「ケイリー、いらっしゃいませ。遊びに来てくださって嬉しいですわ」
 客間に通されて暫くすると、長年の親友がいつもどおりの優しい微笑みを湛えて部屋に入って来た。
「えへへ。お邪魔しま〜す。お久しぶりだね、フェリシテ。突然来ちゃってごめんね」
 思い立つと急にネグリタ家に遊びに来るケイリーは、毎回の様に同じ挨拶の台詞を言っている。ネグリタ家に迷惑だとキアヌにいつも怒られているのだが、先触れを送らずともいつでもケイリーを快く受け入れてくれるし、客を迎える準備が出来ていなくても一向に構わないので、つい甘えてしまうのだ。
「うふふ。ケイリーでしたら、いつでも大歓迎ですわ。一週間ぶりですわね。体調はいかが?」
「絶好調だよ〜。赤ちゃん、お腹の中で元気に動いているよ!」
「生まれて来るのが楽しみですわね。ケイリーとキアヌ様のお子ならば、それはそれは元気でお可愛いらしいでしょうね」
 色素の薄いフェリシテは白金色の巻き毛と檸檬色の目と陶磁器のような白い肌で、見た目も少し人間味が薄く不思議な雰囲気なのだが、その慈愛に満ちた微笑みと優しい雰囲気は、周りの者をほっとさせる。

 
 ケイリーは春の日差しに包まれたように心地良くのんびりしながら、出された茶を一口飲んだ。

「えへへ〜。キアヌに似ているといいなぁ」
「うふふ。男の子でしょうか、女の子でしょうか。女の子でキアヌさまにそっくりでしたら、大変な事になってしまいますわね」
 男であるにも拘らず国一番の美人と賞賛される美貌の夫に似た娘を想像して、ケイリーは少し困った顔をする。
「美人過ぎて逆に可哀想かもね〜?」
「それで性格がケイリーとそっくりでしたら、どう致しましょう」
「フェリシテ、それはどういう意味かな?」
 ケイリーの親友を長年やっているだけあって、フェリシテはただのおしとやかなお姫様ではない。優しく微笑みながらも言いたいことはしっかりと言う。のんびりしているのに鋭いところが、ケイリーがフェリシテをとっても好きな理由の一つである。
「うふふ。外見がキアヌさまで中身がケイリーな姫君に対峙する殿方の衝撃を想像すると、面白過ぎますわ」
「う〜ん、兄様達くらいの男じゃないと対応できなそうだよね〜」
「マルスさまとワッシャーさまの好みそうですわね」

「きゃ〜。嫁にするとか言ったらどうしよう。姪っ子とは結婚できないよ、兄様〜」 
「27歳も年下なんて、変態の種類が変わってしまいますわ〜」
「あはは、それはマズイよね。って、そんな事よりも、フェリシテ! 性教育の教科書見た?」
「うふふ・・・エクリセアって本当に凄いですわね」
「・・・どうなの? ライオネル様、益々凄くなっちゃったんでしょ?」  

「ケイリーったら! キアヌさまこそ、結婚当初からあの教科書をお使いなのでしょう?」
「ムフフフ・・・」  
  

 
 女同士の会話で盛り上がっていると、侍女と一緒に幼子が部屋に入って来た。

「おかあたま」
 綺麗な輝く金髪に琥珀色の目をした3歳の幼子は侍女の手を離すと、幼児特有のふっくらした脚で、と母の元に歩み寄る。
「あら、トリストラム。お昼寝から起きましたのね。いらっしゃい」
 フェリシテは愛しそうに微笑んで、息子を膝の上に抱きかかえた。
「こんにちは、トリストラム」
 長椅子の隣に座っているケイリーが顔を覗き込むと、良く見慣れた鮮やかな緑の目と赤毛にトリストラムはそれが誰なのか直ぐに分かって、母親そっくりに、にっこりと笑った。
「こんにちは、ケイリーたま。ようこと、いらったいまちた」
「うあああああ〜〜〜〜!! かわい〜〜〜!! こんなに可愛い子、見たことないよ〜〜〜!! もう、超可愛い!! このフェリシテ似の笑顔が最高〜!! 舌っ足らずなとこにも胸キュンだよ!!」
「うふふ。ケイリーったら!」

 
 息子を褒められて喜ぶフェリシテの膝の上で、トリストラムは首を傾げた。
「ケイリーたま、あかたん、いつうまれますか?」
 ケイリーに合う度、同じ質問をしている。お腹が大きくなっていくことに興味津々で、そこから子が生まれてくると聞いて、楽しみに待っているのだ。

「あと三ヶ月くらいだよ。生まれたら仲良くしてね」
「あい。ぼく、いっぱい、なかよくします!」
「男の子でしたら、弟の様に可愛がってさしあげましょうね?」
「おとーと?」
 周りに同じくらいの子供がいないので、兄弟というものが理解できないのだ。母フェリシテもその親友ケイリーも末っ子だし、父ライオネルとその親友のキアヌは一人っ子なので、弟という言葉自体聞き慣れない。
「お父様とキアヌ様のような関係ですわ」
「なかよし?」
「そうですわ」
 フェリシテが説明すると、トリストラムは目を輝かせた。
「おとーと!」

 

 トリストラムのぷくぷくした頬とつつきながら、ケイリーが笑った。
「女の子だったら、お嫁さんにする?」
「まぁ! ケイリー! 素敵な考えですわ!」
「およめたん?」
 きょとん、と丸い目をもっと丸くする息子の頭をフェリシテが撫でる。
「お父様とお母様の関係です」
「ずっといっしょ?」
「ええ、ずっと一緒ですわ」
 うーん、と首を傾げて小さな眉を八の字にするトリストラムに、ケイリーとフェリシテは一体どうしたのだろうと顔を見合わせた。
「・・・・・・およめたん、ぼく、おかーたまがいいの」
 トリストラムが困った顔で言うと、フェリシテは思わずぎゅっと小さな息子を抱きしめた。
「まぁ! トリストラムったら! うふふ」
「振られたよ〜〜!! 生まれる前に振られちゃったよ〜〜!!! 『娘はやらんぞ』って言うキアヌが見たかったのに〜! あ〜、も〜、可愛いなぁ〜!!」
 喜ぶ二人に囲まれて、トリストラムもきゃっきゃっと、楽しそうな笑い声を上げる。

 

 

「フェリシテはやらんぞ、トリストラム!! フェリシテは私のお嫁さんだからな!!」
 急に必死な声がして、三人は驚いて声のした方を向いた。
「・・・ライオネル様・・・いつからそこに・・・・・・」
 部屋に入って来るこの屋敷の主でケイリーの上司であるライオネルに、ケイリーは呆れたように呟いた。
「もう、ライオネルったら! トリストラムが怯えていますわ」
 父親の声に驚いて萎縮した息子を抱きしめながら、フェリシテは夫に非難の視線を向けた。
「お前、どさくさに紛れてフェリシテの胸を触るな! 離乳したからには、それはもうお前のものではないぞ! 私のものだ!」
 息子の手の置かれている所を見たライオネルは、真剣な顔で幼い息子を咎める。
「うわぁ、物凄い勢いで大人気ない大人だ〜。騎士隊では本性を完璧に隠してますよね、ライオネル様。・・・コレ見たら皆びっくりだよ」
 完全に呆れて、ケイリーが呟くと、屋敷の奥からライオネルの祖父が現れた。

 

「騒々しいな、何事だ?」
「あ、ガウェイン様〜! お邪魔しています」
 騎士長を務めていた厳しい面持ちと雰囲気のガウェインに何故か昔からケイリーは懐いていて、ガウェインもしょっちゅう家に遊びに来るケイリーのことを孫娘の様に可愛く思っている。
「ケイリーか、良く来た。腹の子は順調だそうだな」
「はい。ありがとうございます」
 えへへ、と笑うケイリーに、ガウェインは緑色の目を細めて頷いた。
「めでたいことだ。それで、私の孫は何を騒いでいるのだ?」
 ちらりとライオネルを一瞥してから、ガウェインは再びケイリーを向いた。
「ケルトレア王国が誇る騎士長様は、3歳の自分の子供が愛妻の胸を触ったことに憤慨されています」
 ケイリーの言葉に、ガウェインは呆れた顔で、むすっとした顔をしているライオネルを見た。
「馬鹿らしい。・・・トリストラム、おいで」
 呼ばれると、トリストラムは母の向かい側に座った曾祖父の元に、とてとて、と歩いて行き、膝にぴとっとくっついた。

「おじーたま! おとーたま、おこってうの、ぼく、わういこ?」
「お前は普段は良い子だが、フェリシテの胸に触るのは悪い子だぞ、トリストラム」
 真面目な顔で言う父の顔を見上げて泣きそうになりながら、トリストラムは確かめるように曾祖父の顔を見上げた。潤んだ純粋な目で見つめる曾孫を、ガウェインはひょいっと膝に乗せた。
「お前は何も悪くないぞ、トリストラム。お前の父親はなにやら疲れているようだから、私が遊んでやろうな」
 よしよし、と頭を撫でるガウェインを見て、ライオネルはムッとする。

 
「口出ししないでいただけますか、お祖父様? 私とトリストラムの問題です。そしてトリストラムと遊ぶのは私です」
「お前も母の胸を3つ4つまで触っていただろうに」
 ガウェインがふんっと鼻で笑うと、ライオネルは驚いたように目を見開いた。
「・・・・・・は、母上の・・・?」

 少し頬を染めて視線を泳がすライオネルを見て、ケイリーはフェリシテに言う。
「あ、なんか、今、いやらしい想像したよ、ライオネル様」
「酷いですわ、ライオネル!! やはり、大きい胸が宜しいのですね!?」
 きゅっと眉を寄せて怒った顔をしている妻に、ライオネルはおろおろする。
「ま、待て、フェリシテ!! 何を言うのだ!! ・・・確かに母上の胸は大きかったかもしれないが、小さい胸も好きだぞ!?」
 夫の言葉に、フェリシテは益々眉を寄せた。フェリシテは少女のように細い体をしていることを気にしているのだ。
「わたくしの胸は、小さくて物足りないと思っていらっしゃるのですね!?」
「そんなことは無いぞ!!」
 憤慨するフェリシテと、必死で宥めようとするライオネルを、ケイリーとガウェインは面白そうに眺めている。いつも鬱陶しいほどにベタベタいちゃいちゃしている二人なので、喧嘩をしてもどうってことないだろうと思われているのだ。
 ガウェインの膝の上のトリストラムは、喧嘩をする両親を見上げて、おろおろしていた。

 

「可愛がっていただいて大きくなったと喜んでいましたら、妊娠していたからだったではありませんか!! また元に戻ってしまって、ちっとも大きくなりません!! ライオネルの嘘吐き!!」
「う、嘘吐き・・・・・・フェ、フェリシテ・・・捨てないでくれ・・・!!」
 フェリシテは立ち上がると、ぷんぷん、と効果音が出ていそうな顔で、部屋を出て行ってしまい、残されたライオネルは呆然とした。
「あ〜あ。・・・ライオネル様、性教育本読みました?」
「ああ、パラパラと読んだが素晴らしい本だな。礼を言うぞ、ケイリー。昨晩はあの本のお陰で、最高にもりあがったのだが・・・フェリシテ・・・・・・ううっ・・・」
「毎日ちゃんと愛読して、頑張ってください」
 いまいち乙女心の分かっていない上司を励ますと、泣きそうな上司は必死な顔で頷いた。そんな必死な顔は騎士隊では一度も見たことありませんよ、と心の中でツッコミを入れるケイリー。
「・・・・・・ああ、そうする。トリストラム、待っていろ、フェリシテを慰めてから、私が遊んでやるからな!」
「・・・きしごっこ?」
「剣の鍛錬だ!」
 少し怯えつつも嬉しそうに父を見上げる幼い息子に、ライオネルはそう言い放つと、フェリシテを追って部屋を出て行った。

 

 

「・・・ライオネル様、駄目駄目なお父様な気がしてきました」
 小さくなる上司の後ろ姿を眺めながら、ケイリーが呟くと、涙を我慢しているトリストラムの頭を撫でながらガウェインが溜息を吐いた。
「・・・良い父親になれる本もエクリセアから持って来てくれ」
「・・・探してみます」
 微妙な空気に、トリストラムが不安そうにガウェインの顔を覗き込んだ。
「・・・きしごっこ?」
「ああ、きしごっこしような、トリストラム」
 目に入れても痛くないほどに可愛いがっている曾孫を、ガウェインは愛しげに見て言った。
 トリストラムはほっとしたようで笑顔を見せ、ケイリーはその様子に嬉しそうに微笑む。
(ガウェイン様、トリストラムにメロメロのデレデレですね〜。フェリシテとライオネル様の結婚を猛反対していたなんて、もう想像も付きませんよ〜)

 

「騎士ごっこという事は、私は囚われの可憐なお姫様役ですね! ぴったりの役ですね!」
 ケイリーが張り切って言うと、トリストラムは目を輝かせた。
「ケイリーたま、おひめたま!」
「えへへ〜! そうですよ〜。ぴったりでしょう?」
「ぴったい!」
 目の前で曾孫が明らかに騙されているが、嬉しそうなので良しとして、ガウェインは笑った。
「では私は、ケイリー姫を捕らえた趣味の悪い魔物役か」
「・・・『趣味の』は余計ですよ、ガウェイン様?」
 ケイリーがわざとらしく怒った顔を作ると、ガウェインはわざとらしく恭しい口調で言った。
「可憐なケイリー姫を捕らえた悪い魔物役、で宜しいですかな、姫?」
「宜しいです。お顔が怖いので、ぴったりの役ですね!」
 ケイリーが仕返しに言うと、トリストラムがきゃっきゃっと楽しそうに声を上げて笑った。
「ぴったい!」

 
「酷いな、トリストラム・・・。ケイリー、お前は騎士の癖に、元騎士長を捕まえて、良くそんなことを言えるものだな・・・・・・まぁ、可愛いから許すがな」
「えへへ〜。ガウェイン様、大好き〜。ね〜、トリストラム?」
「あい! おじーたま、だ〜いすき!」
 曾孫に輝くばかりの笑顔を向けられて、ガウェインは倒れて見せた。
「ぐぅ・・・やられた・・・!! トリストラム・・・可愛過ぎる・・・・・・」
「悪い魔物も一撃で倒せる攻撃ですね!」
 きゃっきゃとケイリーとトリストラムは笑い合う。
「ぼくね、おひめたますくうきし!」
「ぴったりの役ですね!」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 了 ―2008年11月27日―

 
 

  

 ―後書きのようなもの―

 オマケの「赤鷲」後日談でした。

 「赤鷲」の後日談なのに、キアヌXケイリーのお話じゃありません。キアヌなんか一瞬も出てきません。(汗)

 例の教科書のケルトレア版が出来たところを想像して、ぱっと浮かんだ会話を書いた物です。

 「ネグリタ家的日常」をUPした時に、日常話も楽しんでくださる方が結構いらっしゃる事が分かりましたので、これもUPしてみました。

 キアヌ世代の、まだ出て来ていない残り三家の跡継ぎ達の顔見せをしてみました。

 彼らの雰囲気と、ケイリーのまわりの人間との関係を掴んでいただけたら嬉しいです。

 変態だけど明るく優しく強く見た目も可愛くえっちなケイリーは、友達としては(笑)男性に大人気です。

 ケイリーと本気で付き合いたいと思う奇特な人はいませんでしたが(幼い頃からキアヌ命と主張してるし)、

 昔から、男に沢山ちやほやされていました。なので、ケイリーは甘え上手。あんなお兄ちゃん達のいる末っ子ですしね。

 元騎士長の厳しいガウェインまでも手玉に取れちゃうケイリーです。
 
 
 
 <追記>
 相互リンクでお世話になっている素敵小説サイト「真夜中の箱庭」の管理人るうあさんが、この教科書をパロディに使用して下さいました〜!
 (「parody☆parody」という企画ページにあります)
 エクリセアから輸出されて、るうあさんのファンタジー小説の世界の中の素敵なキャラクター達が読んでしまっています!
 ……この本は、冗談のネタのように使っていますが、るうあさんの素敵なキャラクター達を傷付けない程度にはマトモな本です。(笑)
 「男は火星から女は金星からやってきた」とか「話を聞かない男地図の読めない女」とかのような心理学的内容をベースにしつつ、
 お互いが気持ち良くなるあらゆる具体的な技やシチュエーションの数々が事細かに記されています。
 パロディで使ってくださった作品は「ずっとずっと、好き。」と「キラキラ」です。
 本編をまだ読んでいらっしゃらない方は、この機会に是非! どちらも、ほんわか優しく甘いファンタジーです。
 お姫様も魔女のお嬢さんも可愛いし、王子様も騎士様もカッコイイですよ!  どこかの変態やヘタレと違って……。(汗)
 
 
 
 <追記その2>
 この後日談を読んでくださった読者様から、
 「この時点で教科書があるということは、三兄弟でのケルトレア側の登場人物たちは、みんなあの教科書で学んでいるんでしょうか?
 そう思って読み直すと違う世界が広がります…ムフフ」 という鋭いメッセージをいただいた時のBBSの返答をコピペします☆
 (だって、皆様にムフフと思っていただきたいから……(笑))
 
 深窓の姫君であるはずのシャナンやルクサルド姉妹達が積極的なのも、その為です。
 教科書のお陰で、そういう事に疎そうなターニャもシャナンに「子作り、頑張って下さい!」とか言っています。
 ランスロットが色々知っているのも、キースが妙に大人びているのも、教科書が一因みたいです。
 今後の各キャラクターの話でも、例の教科書で学んだのだな、というのが伺えるかと思います。
 ディアンの治世から夫婦仲が良いことが重視されたというのをどこかで書いたと思うのですが、それもこの教科書の政策があった為です。
 逆に、エクトルやギニヴィアの時代には無いので、この教科書があったら二人もすれ違わなかったのではないかと思います。
 
  
 
 
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