とまり木  (2)

 


「エクリッセ伯爵領へ行き、マルス・エクリッセとワッシャー・エクリッセを説得して、どちらか一人で良いから、ケルアに連れて帰って来てくれ」
 
 数日続いた新王の即位式の後の宴が終わり、慌ただしく忙しくも活気に溢れたケルトレア王城の王の間に、キアヌと共に呼び出されたケイリーは、王のその言葉を予期していた。
 戦の間その頭脳や魔力を存分に発揮したエクリッセ伯爵領主の息子マルスとワッシャーが、凱旋から直ぐに行われた即位式が終わると、いつの間にかエクリッセ伯爵領へ帰ってしまっていたのだから、妹である自分が王の間に呼ばれた理由をケイリーは容易に予期できた。
 エクリッセ伯爵家は、ケルトレア王国史上に何人も宰相を出し、国に貢献してきたが、ここ100年程は中央政権から遠ざけられていた。400年ほど前までは一つの王国だったエクリッセ伯爵領土は、中央から隔離されて孤立しても全く支障の無いような領土であり、他領土の領主達の様に中央政府に権力を持つことにも全く執着が無い。
 王の言葉に了解の返事をしながらも、ケイリーは、兄達に何と言えば良いのか分からなかった。
 
「二人同時でも良いのだが、二人のどちらかに宰相の椅子に座ってもらいたい」
 
 王が付け加えた言葉に、瞬時にケイリーは不可能だと思った。
 確かに、ケルトレアの常識で考えたならば、領主の座に就かない方の余った双子の片割れを首都ケルアに呼び寄せて国の為に働かせる事は、容易な事のように思えるかもしれない。しかも、ケルトレア王国において宰相は騎士長と並んで、臣下としては最高の地位なのだから、好条件だと人々は羨むだろう。
 しかし、それは異なる文化を持つエクリセア人にとっては考えられない事だった。
 
 エクリセア文化の主神である「美の女神ブリューナ」が、彼女の夫を想う愛が大きすぎて身に納まりきらなかったので体を二つに増やして、夜空に浮かぶ二つの月になったという神話から、エクリセア文化では、二つの月は女神ブリューナの化身であり、それを連想させる双子は大変めでたいものとされる。
 ケルトレア文化同様、エクリセア文化でも一夫一妻が通常だが、双子だけは二人一緒に一人の伴侶を持つことが多い。つまり、一人が双子両方と結婚して一夫二妻、又は、一妻二夫になることが多いのだ。これは、エクリセア王国がケルトレア王国に吸収された400年程前に決められた契約により、ケルトレア王国政府からもエクリッセ伯爵領土内でのみ認められている。
 双子は必ず一人の相手と結婚することが強制されるわけではなく、一般人ではそれぞれが別の伴侶を得る場合もあるが、貴族社会で双子が生まれた場合は、双子が優先的に二人で一緒に家を継ぎ一人の伴侶と三人で夫婦になる。即ち、次期エクリッセ伯爵領主は、マルスとワッシャーのどちらか一人ではなく、二人なのだ。
 
(どうしよう……兄様達、二人で領主になるんだから、絶対にケルアには来ないよ。そもそも、二人が離れているところなんて見たことがないし……)
ケイリーは説明をしようと思い顔を上げて、はっとして、王の目に強い意思を読み取った。
 
(そんな……王様は、知っているんだ。解かっているのに、言っているんだ。……キアヌを、試す為?)
 嫌な汗が背中を伝うのを感じながら、横にいるキアヌを見ると、緊張した顔のキアヌも王が自分を試しているのだという事を感じ取っているようだった。
(どうしよう……どうしたら、兄様達を動かせる? キアヌは、私が守るんだ。王様はそれも解かってる。だからこうやって、私だけにじゃなくて、キアヌだけにじゃなくて、一緒に任務を与えているんだ。二人一緒だから、どうにか出来るはずだと思って……)

 
 
 
 
 
 二人の説得の為にエクリッセ伯爵領を訪れたキアヌとケイリーは、二人をなんとか説得しようとしたのだが効果は無く、ケイリーの予想どうりにマルスとワッシャーは宰相の座をきっぱりと断った。
 
(兄様達が宰相になったら、エクリセアの利益になるどころか、新しい中央政府の巻力争いに巻き込まれることは必須。……いくら大好きなキアヌと私の頼みでも、エクリセアに不利益になることを兄様達がするわけない。必要に迫られて動くことはないのだから……必要ではなくて、自らの意思でそうしたいと思えば……兄様達がケルアに行きたいと思うことって何だろう? 兄様がケルアで好きなものは……薔薇屋敷、城の裏の森、城の書庫、城下街の菓子屋、新しい王様、ライオネル様、キアヌ、私…………あ!)
 
「私がキアヌの子を身籠ったら、ケルアに来て宰相になって下さい」
 
 
 
 兄達の承諾を得たケイリーは、3日間離宮に籠もると宣言をして、キアヌを離宮に引きずり込みと、16年間想ってきたキアヌと初めて一つになった。
 ケイリーは、寝室の隣の浴室にキアヌの気配を感じながら、一人で寝台の上に緩んだ笑みを浮かべて裸のまま横になっていた。
(幸せ過ぎて、夢のようです)
 本当に夢なのではないかと思うが、下腹部の鈍い痛みが、現実に起きたことだと示している。
 
 
 キアヌは寝室に戻って来ると、黙って寝台に腰掛けた。
 ケイリーは寝たまま、愛しそうに赤金色の瞳を見上げた。
「えへへ〜。とっても幸せです。愛しています、キアヌ。ずっと、ずっと、あなただけを愛しています。・・・ずっと側にいさせて下さい」
「・・・ケイリー・・・・・・」
 愛しげに名を呼び、優しく唇を重ねて、キアヌはケイリーの横に体を倒し、寝台の上で抱きしめて肩に顔を埋めた。
「・・・・・・死ぬまで側にいろ」
「・・・はい」
 これ以上に幸福なことはありえないと思う幸福に浸り、ケイリーが頷くと、キアヌは満足そうにケイリーを抱きしめながら目を閉じた。
 
「愛しています、キアヌ」
 そっと滑らかな長い赤金色の髪を撫で、ケイリーはキアヌに囁くとキアヌは顔を上げて、それに答えるように唇を合わせた。
 何度か唇を優しく重ね、キアヌが切なげな溜息を一つ吐いた後、ケイリーの唇はキアヌの舌に抉じ開けられた。段々と激しく口内を犯されながら、キアヌの両手が体中を這うのを感じて、鈍い痛みの残る下半身が熱くなる。
「・・・ん・・・あっ・・・キアヌ・・・・・・」
 信じられない幸福感が押し寄せる愛撫に、ケイリーが甘い吐息を漏らすと、キアヌは、はっと体を離した。
「・・・ケイリー、お前は、なんだ、その・・・まだ、体が痛むのか?」
 上気した顔で言い難そうに言うキアヌに、ケイリーは笑った。
「痛みますよ! 優しくしてくれなきゃ駄目ですよ!」
 いつもは強気なキアヌが、先程、快楽に身を委ねて夢中で抱いた時にケイリーが苦痛に泣いたことを申し訳なく思って気遣ってくれる事が、ケイリーは嬉しくて堪らなかった。
「・・・すまなかったな・・・・・・薬か医師が必要か?」
「そんなものは要りませんが、キアヌの愛が必要です」
 いつもどうりふざけた口調で言いながら、幸せで堪らなくて、抱きついた。腹に当たるキアヌの硬くなった熱い分身が、今まで知らずに生きていた興奮を呼び起こす。
 キアヌは、ぐいっと、ケイリーを引き離して体を起こした。
 
「・・・意味が解からん。私にどうしろと言うのだ? ・・・そうだ、こうしてはいられない。マルスとワッシャーに話を進めなくては!」
「え!? ちょっと、キアヌ!」
 寝台から降りようとするキアヌの腕を、ケイリーはガシッと掴んだ。
「なんだ? 後にしろ。私はマルスとワッシャーに会って来るから、お前は休んでいろ」
「愛が必要だと言ったじゃないですか!!」
 怒った顔で非難するケイリーに、キアヌは眉を寄せた。
「は? どういう意味だ?」
「ここにいてください」
「何の為に?」
「私の為にです! ううう、酷いよキアヌ〜〜」
「何がだ?」
 益々、意味が解からずに眉を寄せるキアヌに、ケイリーは泣き出した。
「乙女心が全然解かってないよぉ! え〜〜〜ん」
「な、泣くな、ケイリー! どうしたのだ? 何故泣くのだ? そんなに痛いのなら、やはり薬か医師を・・・」
 普段は滅多に泣かないケイリーの本日二度目の泣き顔に、キアヌは動揺を見せる。
「キアヌの馬鹿!」
「は? 馬鹿とは何だ、馬鹿とは!」
「ここにいて欲しいの!!」
  
 いつもは常にお気楽な様子のケイリーが、何やら情緒不安定なのだという事と、それはケイリーが初めて抱かれた為だという事は理解したようで、キアヌは大人しく寝台に戻った。
「・・・理由が解からないが、お前がそんなに言うのならば、マルスとワッシャーに話をするのは後にしてやる」
 優しく髪を撫でられて、ケイリーは、ぱあっと嬉しそうに笑った。
「嬉しい! ありがとう、キアヌ! 大好き!!」
 キアヌは少し目を見開くと、頬を染めてそっぽ向いた。
「・・・意味が解からん」
「えへへ〜。嬉しいな」
 ぎゅっと抱き付くと、キアヌは切なげな溜息を吐いてから、ケイリーを抱きしめ返した。
 
 
 ただ寝台の上で抱き合って、長い間、他愛の無い話をした。
 ケイリーが一方的に追いかけていたとはいえ16年も共に生きて来たので、話題は尽きない。
「腹が減らないか?」
 ふと、思い出したようにキアヌが言うと、ケイリーも同意した。
「そういえば、減りました」
「・・・まだ動くと辛いか? 食事は運ばせた方が良いのか?」
「キアヌの壮大な愛で癒されたので、もう大丈夫です。兄様達も心配しているでしょうから、お昼を食べに行きましょう」
 ケイリーがにっこりと微笑むと、キアヌはほっとした顔で寝台を降りた。
 
 
 
「良かったなぁ〜〜〜!! ケイリ〜〜〜!!」
「おめでとう、ケイリー。キアヌも良かったなぁ・・・」
 双子の部屋に入ると、全てを察したらしく、涙目でケイリーを二人一緒に抱きしめた。
「はい! マルス兄様! ワッシャー兄様! ケイリーは世界一の果報者です!」
「良かったなぁ、ケイリー!! 今日は日記を10ページは書けるぞ!」
「記念に何をしようか? 計画を立てなくては!」  
 いつもながら騒がしい双子を見て引き攣った顔をしているキアヌに、二人は目を輝かせて、ずいっと詰め寄った。
「「さぁ、お兄様と呼びたまえ!」」
「死んでも呼ぶか!」
「酷いよ〜! 可愛い妹を美味しく食った癖に〜〜!!」
「マルス!! そういう事は口に出すな!!」
 真っ赤な顔で言うキアヌに、ワッシャーが、ふふふ、と楽しそうに黒く笑った。
「・・・良いのかなぁ、そんなこと言って? 弟君?」
 反対側からマルスも詰め寄る。
「お兄様と呼んだら、ケイリーに子供が出来たか確認せずとも、今直ぐ、面倒くさい宰相なんてものをやっても良いよな、ワッシャー?」
「ああ。二人の子供がケルアで育つのだから、ケルアで働くのも悪くないな。毎日交代で、扉を使ってエクリセアに帰ってくれば良いし・・・扉通勤だな」
「さぁ、キアヌ・・・」
「「お・に・い・さ・ま・と!」」
 
 お腹を抱えて笑うケイリーとは対照的に、キアヌは顔を歪めた。
「・・・なんて、姑息な手を・・・・・・くっ、屈辱だが・・・これも陛下の、父上と母上の、国の為だ・・・・・・・・・お・・・お兄様・・・」
 どうにか吐き出された言葉に、部屋中がシーンとした。
「「「・・・・・・」」」 
「な、何だ!? ・・・望みどおり言ってやったというのに、何なのだ、その沈黙は!? 何とか言ったらどうだ!」
 羞恥で真っ赤になるキアヌを見て、エクリッセ三兄妹は顔を見合わせた。
「・・・いや、本当に言うとは思っていなかった。一生の宝に、心の小箱にしまっておくとしよう」
「俺、衝撃に昇天寸前だよ」
「私、今ので確実に孕みました」
「微妙にどもっているところが堪らないね」
「恥じらいの表情がツボだな」
「思い出すだけで何度でもイけますね」
 うんうん、と、頷き合う兄妹達に、キアヌは美しい顔を歪めた。
 
「・・・この、変態共が!! お前達は、本当に意味不明だ!!!」

 

 

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