赤鷲  (6)

 

 
 次の日、朝食が終わると、ぽぅっと頬を染めながら寄って来たケイリーを軽くかわし、キアヌは双子達に詰め寄った。
「えっ! そんなっ! 放置ぷれい続行中ですか!?」
 ケイリーが訳の分からない事を言っているが、いつもの事なので放って置く。
 
「今日こそ、色良い返事をもらうぞ、マルス、ワッシャー!」
「え〜? ヤダよ〜。ケルアって住み難いんだも〜ん。赤毛ってだけでいぢめられるんだも〜ん。良いのは薔薇屋敷くらいだも〜ん」
「私達は、ここの領主になるわけだしねぇ」
 あはは〜と笑う双子を、キアヌは睨め付ける。
 マルスとワッシャーを説得して首都ケルアに連れ帰り、宰相の座に座らせる事がキアヌとケイリーがエクリッセ伯爵領に来た目的だ。昨日、到着して直ぐに、キアヌは二人にその事を告げたのだが、彼らは迷いもせずに即座に断ったのだ。
 
「エクリセア人に対する差別は、お前達が宰相になることによって軽減される。どちらか片方が領主になって、どちらか片方が宰相になれば良いだろう?」
「エクリセアでは、双子の場合、二人で領主になるんだも〜ん」
「・・・本当か?」
 ふざけた双子の対応に苛々しながら、ケイリーを振り返って尋ねると、キアヌにやっと目を合わせて貰えて嬉しそうなケイリーは、大きく頷いた。
「うん。エクリセア文化では、双子はとっても縁起が良いんだよ」
 ケルトレアでは、双子が特に縁起が良いことも縁起が悪い事もないし、家督を二人で継ぐ事は行われない。
 国の一部でありながらケルトレアとは異なる文化の保持を許されているエクリッセ伯爵領土の文化的な決まりには、契約により、中央政府は基本的には口出しが出来ない。
 
「・・・だが、王が、国が、お前達を必要としているのだぞ? そもそもお前達の父上は、まだまだご健勝ではないか! 領主になるまでの間だけでも良いから、ケルアに来てくれ」
 王玉に座ったばかりの、少年らしさの残る新王直々に頼まれた初任務なのだ。
 自分は試されているのだ、とキアヌは思う。王は、自分の忠誠心に疑問を持ち、使えるかどうか試しているのだ。騎士長だった父の顔に泥を塗らない為にも、必ず、双子をケルアに連れ帰らねばならない。
 真面目な顔のキアヌに、双子はちょっと困った顔をした。ケイリーもキアヌの横で珍しく口を閉じている。
 気まずい沈黙の後、ワッシャーが急に、うっ、と言って胸を押さえながら前屈みになった。
 
 
「今生の別れか・・・・・・ゴホゴホッ・・・わしはもう駄目じゃ、マルスローズ・・・お前だけでも、ケルアに・・・・・・」
 何事かと眉を寄せたキアヌを余所に、マルスが大げさに心配そうな顔をしてワッシャーの背中を擦った。
「おとっつぁん! 気弱な事を言わないどくれ!」
「いつもすまないのう・・・ゴホゴホ」
「それは言わない約束だよ!」
 二人の設定と年齢どころか性別をも無視した芝居に、キアヌは顔を引き攣らせる。
「一度、二人一緒にそのまま死んでおけ!!」
 
「酷いわ! キアヌ! あたしたちの仲を引き裂きたいの!?」
 今度はワッシャーが女役らしく、しなを作ってマルスに抱きつきつつキアヌを睨む。
「こんなにも愛し合っているのというのに! さてはお前もワッシャーナに気があるのか!?」
「え・・・そんな、キアヌ・・・駄目よ・・・・・・ぽっ」
「ワッシャーナは渡さないぞ!!」
「斬るぞ? ・・・斬って良いだろう? マルスローズやらワッシャーナやら、存在しない者を斬っても罪には問われないだろう」
 気色悪いので顔を背けながら言うと、視界に入ったケイリーは笑いを堪えて肩を震わせている。
(こいつら、人が真面目にやっているというのに!)
 本気でふつふつと怒りが込み上げてくると、それを読み取ったらしいワッシャーが落ち着かせるようにぽんぽんとキアヌの肩を叩いた。

 
「まぁまぁ、そう怒らずに。マルスのようなつまらない物を斬っては、キアヌの剣が穢れるよ」
「あはは、そうそう! ・・・え? 俺だけ!?」
「まぁ、そういう訳だから、諦めたまえ」
「たまえ〜」
「ふざけるな!! どういう訳だか、さっぱり解からんぞ!」
 怒りを顕にする顔も美しいキアヌを、三人が取り囲む。
「血圧が上がるよ、キアヌ!」
「血管が切れそうだよ、キアヌ!」
「怒った顔も萌え萌えだよ、キアヌ!」
「小魚を食べたまえ、キアヌ!」
「ほうれん草も食べたまえ、キアヌ!」
「私も食べてよ、キアヌ!」
「いい加減にしろ!!!!」
 ぶちっと何かが切れるような音を聞いた気がする、エクリッセ三兄弟。
 
 
 
「・・・まぁ、つまらない言い方をすれば、ディアン王の改革は少々性急過ぎる」
 溜息を吐きながら静かにワッシャーが言うと、マルスも頷いた。
「あまり速く走り過ぎると、根性のない奴らは付いて行けなくなるよ。頭の固い老人共とかね」
「だから、いきなり赤毛を宰相にするのは良策とは思えない。いるじゃないか、青緑の瞳の適任者が」
「そうそう」
 
「・・・・・・ルクサルド公爵のご子息クロヴィス様か?」
 ルクサルド公爵は先代王の叔父であり、その子供は先代王の従兄弟、つまり現王から見て5親等の従叔父にあたる。先代には妹が一人のみであり、他国に嫁いでいる為、ケルトレア国内の王族は、女性であるが為に王位継承権を持たぬ王姉と、ルクサルド公爵家の者達のみである。
 王族が少ない為、ケルトレア第二の都市であるルクサルディアを主都とし王と聖騎士爵家の直轄地の次に広大な領地を持つルクサルド公爵家は、揺るぎ無い地位と権力を持つ。
 ルクサルド公爵の跡取り息子クロヴィスはルクサルディアで父を手伝い、長女と次女は結婚して他国に嫁ぎ、三女は魔術師部隊に勤めている。それこそ、跡取り息子を借りてくるのは難しいだろう。
 
「あの方はかなり良いよな、ワッシャー?」
「ああ。かなり良い。宰相になって王を支えられる器だ」
 先代王が亡くなった後、王子はまず初めにルクサルディアに行き、クロヴィスをケルアに連れて来た。混乱を沈める為に王子に協力した彼の姿は記憶に新しい。双子も、偏見がなく平等でありつつも厳しい彼の意見や、真摯な言動に感心し、敬意と好意を持った。
「だが、陛下はお前達に宰相になって欲しいと仰っているのだ」
 確かに、王族であり王家の象徴である「女神の祝福」と呼ばれる青緑の瞳を持つクロヴィスの方が受け入れられ易いだろう。しかし、そんな事を王が解かっていない筈はない。その上で、エクリッセ伯爵家のマルスとワッシャーを選ぶのだから、そちらの方が良いと考えての事なのだろう。

 
「利益がないし〜」
「義務もないし〜」
「負債もないし〜」
「恋人もいないし〜」
「兄様達、寂しいですね。可愛い恋人が早く見つかると良いですね」
「そうなんだよ、ケイリ〜!!」
「誰か良い子がいたら紹介してくれ、キアヌ!」
「お前達と付き合える女がいたら、こっちが見てみたいぞ!」
 
 爵位と領土を持つ貴族の家は、領主の子供の内、誰か一人を必ず首都ケルアで国の為に働かせなければならない。文官になるか、魔術師になるか、騎士になるかは、その者の素質によって決められる。
 これは、健康に異常のない貴族の子供達は、必ずケルアの学校に通わねばならないことと同じで、ある意味「人質」である。又、中央政府に反感を持つ偏った教育が地方で行われる事を防ぐ為でもある。徹底された制度で、ケルアで教育を受けていない者が家督を継ぐ事は、禁止されている。
 ケイリーが騎士隊に務めているので、エクリッセ伯爵はこれ以上子供をケルアにやらなければならない義務がないのだ。
 
「今までの重税や差別的な扱いをなくして頂ける」
 先代まで続いていたエクリッセ伯爵領土の理不尽な扱いを改めることを約束した内容の書状を、双子達は既に王から手渡されている。だからこそ、戦時中に双子は王の下で働き、ここ連日エクリッセ伯爵領内でも新王の即位を祝って宴が行われているのだ。
「そんなの、当然の報酬だし〜」
「宰相になってもならなくても変わらないし〜」
 
「・・・誇りはないのか! 国の為になることが出来るその能力を生かせ!」
「戦中、十分手伝ったじゃないか」
「エクリセアが一番大事だしねぇ?」
 意思を曲げる気が全く無い二人の言葉に、キアヌは眉を寄せて嫌な顔をした。
「・・・取引か? 欲しいものは?」
「今のところ特にないよな?」
「無いね。ディアン王は中々良いと思うよ、キアヌ。私達も、王のことはかなり好きだよ。困らせたくて言っている訳ではなくて、双方にとって、その方が良いと思っているからだよ」
「第一に、さっき言ったように、クロヴィス様の方が穏便に事を運べる。保守的な者達は、我々よりも彼の言葉の方が聞き易いだろう。第二に、一番可愛いのは我が身だからだ」
「だから、エクリセア人に対する差別は、お前達が宰相になることによって軽減されるだろう?」
 我が身が可愛いと言うのが解せず、キアヌは苛々した口調で言った。
 
「若き王が暗殺でもされたらどうなる? 一番に疑いの目が掛かるのは私達だろうね。それを喜ぶ者も多い。エクリセアを完全に吸収したいと思うのは当然だろうからね。だが、我々はどんな手を使っても、それだけは阻止するよ」
「・・・暗殺などさせない!」
「それが国にとって『正しい』ことであろうとも、クビを切られた者とその家族は、切った者を恨む」
 真面目な顔で語る双子の言葉に、キアヌは不安が過ぎる。
 暗殺など、させてなるものか。
 もう二度と、自分の王が死ぬのを見るのは嫌だ。
 
「・・・・・・陛下の命が、狙われていると思うか?」
「この分だと、これからも沢山のクビを切るのだろうから、安心して眠れる夜はないかもな。まだ15歳だというのに、哀れなものだ。・・・まぁ、王になる為に生まれ、信条を持っているのだから、致し方ないだろうね」
「ライオネル殿も大変だな。キアヌも、いつまでもこんな所にいないで、ケルアで王を守った方が良い。それとも、新王は、キアヌは側にいらない取るに足らない騎士だとでも言うのかい? キアヌがエクリセアに住み着くことは、我らはいつでも大歓迎だよ」
 自分に甘い双子から、生まれて初めて追い払うような台詞を言われたことに、キアヌは衝撃を受けた。言葉が出ない。
 説得は、失敗だ。
 マルスとワッシャーは、ケルアに来る気は全く無い。
 ここまで完全に拒絶されるとは、思ってもみなかった。
 しかし、王の期待を裏切るわけにはいかないのだ。
 
 
 暫くの沈黙の後、ケイリーが静かに口を開いた。
「賭けをしましょう、兄様達」
 双子の兄達は、興味深げに顔を見合わせる。
「賭け?」
「・・・どんな?」
「私がキアヌの子を身籠ったら、ケルアに来て宰相になって下さい」
 珍しく真剣な顔のケイリーの、あまりに突拍子も無い台詞に、キアヌは絶句し、双子は再び顔を見合わせた。
「・・・へぇ!」
「それはまた・・・突拍子もないな。・・・驚いた!」
「馬鹿か、お前は!! そんなものが賭けになるか!! マルスとワッシャーの利が無いではないか!! そもそも何故お前が私の・・・」
「いいぜ! なぁ、ワッシャー?」
「ああ。その賭け、乗った」
「は?」
 楽しそうに笑う双子を驚愕の眼差しで見るキアヌに、ケイリーは抱きついた。
 
「やりましたよ、キアヌ! これで陛下も喜ぶよ!」
「ま、まて! お前、どうやって私の子を・・・」
 戸惑うキアヌを抱きしめたまま、ケイリーは兄達に自信満々の顔を向ける。
「キアヌと二人で三日間離宮に籠もりますから、邪魔しないで下さいね! さぁ、善は急げです!! ヤッてヤッてヤリまくります!! 孕ませて下さい、キアヌ!!」
「なっ・・お、お前は又そんな下品な事をっ!!」
 嬉しそうなケイリーに引き摺られながら、離宮に攫われて行くキアヌに、双子達は期待と切なさの混ざった眼差しを向けて呟いた。
 
「これが、最後の機会だな」
「ああ。・・・これで駄目なら、ケイリーはエクリセアの為の生贄だ」
 
 
 
 
 
 勃たなければ、諦めるだろう。
 美しい装飾の大きな寝台の上に仰向きに押し倒されたキアヌは、そう思いながら、自分に跨るケイリーを見た。
 昨夜は、熱に浮かされるようにケイリーの唇を貪って、体中が熱くなったが、あれは雰囲気に呑まれて偶然が重なっての事だ。
(あのまま、ケイリーが望んだように、口付け以上のことをしたら……出来たのだろうか?)
 
 ケイリーは、薄杏色に萌黄色の模様の入ったエクリセアの服に手を掛け、潔く脱いで床に落す。薄萌黄色の繊細なレースをあしらった下着に包まれた柔らかそうな肌が、キアヌの目の前に晒された。
 いつもの騎士服の上からでも分かるケイリーの女性らしい丸みを帯びた肢体が、騎士隊の中でも騎士達の羨望の眼差しを集めるものである事をキアヌは嫌という程知っている。
 それが、目の前で薄布だけを纏っていることが、16年も側にいたのに想像も出来なかった程に美しいものが見慣れた騎士服の下に隠されていたことが、酷く、非現実的に思えた。
 静寂に、自分の鼓動が響いているような気がして、どうしたら良いのか分からない。
「・・・さっさとしろ」
 取り繕うように出た言葉は、そんな言葉だった。
 
「ああん! キアヌ!! 私はこの日を16年待っていたの!! ああ、人生で最高の瞬間だよ! もう死んでもいい!! あ、でもヤり終えてからね!」
 どんなに美しく幻想的な眺めだろうと、所詮、ケイリー。
 呆れながら溜息を吐いて、キアヌは目を逸らせた。逸らさないと、何故だか胸の膨らみにばかり目が行ってしまうのだ。
「馬鹿が。・・・やれるものなら、さっさとやれ」
 もうどうにでもなれ、と投げやりに生贄の気分を味わう。
 
「いやん。そんな萌えること言わないでよ!! ああ、どうしよう!!! キアヌから今の台詞を独り占めできた私は、ケルトレア中の男と女どちらにも殺されそうだよ!! 老若男女、世界中がキアヌの美しさの前に平伏しているからね! ああ、キアヌはどうしてこんなに美しいの? ああ、どうしよう! この体に触りたい放題だなんて!! 考えただけで鼻血が!!!」
「・・・救いようの無い馬鹿だな、お前は」
「そんな冷たい台詞も堪らないよ、キアヌ!! 愛しています!!!」
 ぎゅっと首に抱きついてきたケイリーの髪から、甘い花の香りがして、キアヌは胸に渦巻く得体の知れない感情に逃げ出したくなった。
「頼むから、さっさと終わらせてくれ・・・」
 
「長年の夢だったんですから! たっぷり楽しませて貰います
! 16年か・・・長かったなぁ・・・」
「・・・そうか、私は16年もお前に付き纏われているのか。大災難だな」
「これから先もずーっと一緒だよ? 一生付き纏うからね!」
「いっそ、殺しとくか?」
 冷たい視線に、ケイリーは嬉しそうに微笑んでキアヌの服に手を掛けた。キアヌが身を強張らせると、ケイリーは優しくキアヌの長い赤金色の巻き毛を一束すくって、うっとりと口づけた。
「寧ろ、キアヌに殺されるなんて最高だよ!! 殺して!! あ、でもヤってからね?」
「精神病か? 頭がおかしいのか? 医者の診断で騎士隊を首にするという手があったか! ・・・ライオネル殿に妨害されるか。どうして変態の癖に剣の腕も乗馬の腕も素晴らしく良いのだ・・・?」
 ケイリーの手で服を脱がされながら、キアヌは鼓動が速くなり体中が熱くなるのを感じる。
 得体の知れない感情と衝動の渦に、飲み込まれる予感がした。
 
「お医者様! 私、恋の病です! 癒して! 癒して! ここが痛いの。さすって〜!」
 ケイリーは下着を取って豊かな胸を晒すと、キアヌの両手をそこに導いた。
 柔らかく滑らかなあまりに甘美な感触に、キアヌは無意識に手の中のものをそっと撫た。指先から、痺れるような快感が体中に伝わる。乱れた息を整えながら、キアヌはどうにか手を離した。
「・・・・・・おかしいだろう!? こんな頭のおかしい変態の癖に、騎士学校を実技も学科も首席で卒業だなど・・・。何故だ? お前達エクリセア人の頭は、一体どういう作りをしているのだ?」
「いやん! そんなに褒めないで下さい! もう、好きにして!!」
「・・・もう、どうでもいいから、さっさと終わらせてくれ。こっちまで頭がどうにかなりそうだ」
 泣きたい程に、混乱して、自分で何を言っているのかさえ訳が分からなかった。
「つれないところがまた素敵! ・・・はぁ、どうしよう、緊張します」
「・・・そんな玉ではないだろうが」
「処女なんだから、緊張して当然だよ! この日の為に知識はあるのだけど、毎日毎日妄想してきたのだけれど、やっぱり訓練と実戦は違いますから! ああ、長年の夢が実現する瞬間!! 感動です!! 愛しています、キアヌ!!」
 うっとりと自分を見つめる鮮やかな緑の瞳に、甘い期待と、期待をするなという警告が頭の中で混ざり合う。
「・・・私の容姿を、だろう?」
 自分で言った言葉に、酷く傷ついて、キアヌは目を伏せた。
 
「何を言うの!? キアヌの全てを愛しているんだよ! キアヌの魂は誰よりも綺麗なの。皺くちゃのお爺さんになったって、キアヌが一番綺麗だよ!」
 ケイリーの言葉に、キアヌは信じられない思いで目を開いた。
「・・・嘘を言うな。そんな訳ないだろう!!」
「あります!!」
「信じられるか!」
 怖かった。
 裏切られるのが怖かった。
 ケイリーは眉を寄せると、キアヌの頬を叩いた。
「キアヌの馬鹿!! 酷いよ!! 私が16年も、あなたの容姿にだけ魅せられて来たと言うの!? ・・・そんなのあんまりだよ」
 
 ぼろぼろと涙を流すケイリーを、キアヌは呆然と見上げた。
 叩かれた頬よりも、胸が痛んだ。
「・・・お前が言ったのだろう!? 私が美しいと! 美しいから好きだと!」
「そうだけど、そうじゃないです!!」
 涙に濡れた頬でキッと睨むケイリーを、キアヌは睨み返した。
 愛しくて。
 愛しくて。
 憎くて。
 許されたかった。
 
「何が違うと言うのだ!!」
「全然違うよ!!・・・外見の美しさじゃないんだよ。キアヌの美しさは、内側から溢れ出ているんだよ! 初めて会った時から、私はキアヌの魂に惚れているんだよ!」
「嘘を言うな! 初めて会った時に内面など見えるものか!!」
「笑ってくれたんだもん! 心からの笑顔だった! あなたが、世界を愛したいのにそれが上手く出来ない事が分かったの。それでも私に愛をくれた。好いてくれたでしょう?」
「何を言う・・・」
 
「私のこと、好いてくれたでしょう?」
 ケイリーの優しい微笑みに、エクリセアの主神ブリューナにそっくりだと民が褒め称えることを思い出した。世界の全てに美を見出し、それを愛でる、美の女神ブリューナは、愛の女神と同一の神であった事も思い出した。
 もう、どうでも良いと思った。
 過去も、疑心も、自分を守る檻さえも、全て捨て、この愛しい女神の前に平伏しよう。
 愛と救いを求め、永遠の信仰を捧げよう。
 
「キアヌが世界を上手く愛せない分、私が世界を愛します。あなたの全てを、あなたの瞳に映る全てを、私が代わりに愛します」
 それは、厳かな神託。
 キアヌは静かに一筋の涙を流し、体を起こしてケイリーを抱きしめた。
 
 素肌が触れ合い熱が混ざり合う心地良さに感動しながら、どちらからともなく唇を重ねる。幾度目かのそっと触れ合うだけの口づけの後、開いた唇の内を絡め合った。
 離れた唇から甘い溜息を吐いて、うっとりとキアヌを見つめていたケイリーは、急にはっとして、キアヌを勢い良く押し倒した。
「今日はここで終わりにさせませんよ!!」
 昨夜のことを根に持っているらしいケイリーは、鼻息も荒く、キアヌの服を剥ぎ取る。
 服も下着も全て勢い良く投げ捨てられ、裸に剥かれたキアヌは、自分の下半身を見て目を見開いた。
「勃っている・・・!?」
「・・・どういう意味ですか!? それはつまり、『ケイリーなんかの体で勃起する訳がない』と思っていたということですか!! 酷いです!!! どうです、見て下さい! こんなに立派に勃っていますよ! 私の裸に欲情した証拠ですよ! えっへん!」
「この馬鹿! 恥ずかしい事を言うな!!」
 羞恥に顔を赤くして、反り上がったものを手で隠す。ケイリーは咄嗟にキアヌの手をどけて、それをぱくりと口に咥えた。
「な、何をするのだ! ケイリー!!! ・・・はうっ・・・あっ・・・・・・」
 あまりの快感に頭が真っ白になった。
「こうすると気持ち良いんですよね? 気持ち良いですか?」
 そっと口を離して見上げるケイリーに、キアヌは力なく頷いた。
 
 じゅぱ、ちゅぱ、と、ケイリーが嬉しそうにしゃぶる音と、快感の波に少しずつ荒くなるキアヌの息が静かな部屋を満たす。
「・・・はぁ・・・はぁ・・・・・・うっ・・・あぁっ・・・・・・・・・っ!! 良い所で止めるな!!」
 達する寸前で開放されて、上気した頬に潤んだ瞳のキアヌは、思わずそう言った。
「だって・・・もう、駄目・・・はぁ、はぁ・・・ってしまった! 私がイってどうするの! キアヌ凄すぎです。咥えさせて貰っただけでイっちゃったよ・・・!! キアヌの先走り汁は媚薬入りですか!? ああ、ということは・・・本気汁を飲めば想像を絶する快楽が!!」
「馬鹿が!!」
 堪えきれない欲望に、キアヌは無意識に自分のものを手で擦る。
「・・・キアヌ、辛そうですね? イキたい?」
「・・・・・・不本意ながらな」
「・・・じゃあ私の胸も触って下さい」
 肩で息をしながら、キアヌはケイリーの言葉に、ごくり、と喉を鳴らした。
 
 柔らかな乳房をそっと撫でると、ケイリーが甘い声を上げた。
 堪らなくなって、既に硬く震える蕾に舌を這わす。
「・・・ああっ・・・ん・・・はぁ・・・キアヌ・・・あ・・・ん・・・」
 自分の愛撫に喜ぶ声が、愛しくて、もう、堪えられなかった。
 切なく見つめると、同じように自分を求めて切なさに溺れた瞳と目が合った。
 
「あん・・・キアヌ、その顔、えろ過ぎです・・・」
 うっとりと言うケイリーの首筋を噛んで、耳朶に舌を這わせると、囁いた。
「黙って犯されろ、この変態が」
「言葉攻めですかっ・・・!! 流石、キアヌ・・・高等技術を・・・・・・んっ・・・ああっ!!」
 しなやかな脚を開いて、喜びの朝露が滴る花を貫いた。
 とろける。
 快感の波に、その柔らかさに、熱さに、溶けて消えそうだ。
 奥まで花びらを散らすと、背中に十の棘が食い込んだ。
 
「いっ・・・痛いいい!! 痛いよ!!! 優しくしてよう!! 処女だって言ったでしょう!!!」
「知るかそんなこと!! どうしろと言うのだ!! お前が私に犯されることを望んだのだろうが!!!」
「そうだけど!! そんな一気に突っ込まなくても!! 本当に痛いよぉおお!!!!」
 激痛にキアヌの背中に爪を立てながら、ケイリーは涙を滲ませた。
「煩い!!」
「キアヌ、本当に痛い! もっとゆっくり動いてよぉ!! 痛いよ!! 痛い!!!」
「できるか! お前が私を興奮させたのだろうが!! 責任を取れ!!」
「あっ・・・・・・くっ・・・う・・・」
 ぎゅうぎゅうと締め付けるケイリーの中で、味わった事の無い快感を夢中で貪る。
「ああ、ああ・・・・・・良いぞ、ケイリー・・・凄く良いぞ!」
「・・・き、気持ち、良い・・・の? ・・・キアヌ・・・・・・」
「ああ、良い! 凄く良い! ・・・ああっ!!」
 熱い欲望が体内に注がれたのを感じて、ケイリーは強くキアヌを抱きしめた。
 
 
 欲望を放ち落ち着いたキアヌは、涙を流しているケイリーを見て取り乱した。
「な、泣くな。すまない・・・。そんなに痛かったか・・・」
 濡れた頬を手で拭い、宥める様に何度も優しく口付けを落し、そうっとケイリーの中から自分のものを抜き取った。どろりとした白に、赤が鮮明に映える。
「ああ、ケイリー、血が・・・! 大丈夫か・・・? すまなかった・・・ケイリー・・・」
「ふぇ〜〜〜ん」
「・・・すまない。私が悪かった・・・。泣くな・・・ケイリー」
「ふぇ〜〜〜〜〜ん」
 泣き止まぬケイリーに、キアヌはおろおろしながらケイリーの頭を撫で、額や頬にそっと口付ける。
「ケイリー・・・痛かったろう。・・・悪かった。・・・許してくれ・・・」
「ふぇ〜〜〜〜〜〜〜ん」
「ケイリー、お前の中があまりに気持ちが良かったものだから、止められなかったのだ・・・・・・許してくれ。すまない。いくらお前が相手だろうと、私はなんということを・・・」
「ぶわぁああ!!!」
「・・・・・・は? ・・・ぶわぁ?」
 目を丸くしたキアヌに、ケイリーは目を輝かせながら顔を上げた。
 
「超おおおおおお、萌えたよううう!!! もう一生おかずに困らないようううう!!!」
「・・・お、おかず?」
「キアヌは最高です・・・!!!」
 ぎゅっと抱きつくケイリーに、キアヌは混乱して眉を寄せる。
「ね、もう一回言って下さい!! 『お前の中があまりに気持ちが良いものだから、止められなかったのだ』ってやつ!! ハァハァ・・・」
「・・・一瞬でもお前なんぞを心配した私が馬鹿だった」
 べりっとケイリーを剥がしてキアヌが冷たく言った言葉は少しも気にせず、ケイリーは再びキアヌに抱きついた。
「あとね、『ああ、ああ・・・良いぞ、ケイリー、凄く良いぞ!』ってもう一回言って下さい!! ハァハァ・・・。ああ、思い出しただけでイクッ・・・!!」
「近寄るな変態!! 鼻血を拭け!」
「あはんっ・・・キアヌぅ・・・もう駄目です・・・・・・」
 失神したケイリーを眺め、キアヌは自問した。
「何故だ? 何故こんな女に欲情したのだ? ・・・何故だ・・・!?」
 
 
 気を失っているケイリーの鼻血を拭き、濡らした浴布で体中を清めてやって、優しく頭を撫でた。
(本当に、ケイリーは私の子を産んでくれるのだろうか?)
 嬉しそうな顔で目を閉じているケイリーの瞼に、そっと唇を寄せる。
 ふと、自分はケルトレア式の求婚方法しか知らないことに気が付いた。エクリセアではどうやって求婚するのだろうか? 調べてみようと思った。
 
 寝室から続いている浴室で湯を浴びて帰って来ると、寝台の上のケイリーは目を覚ましていた。
 横になったままで、幸せそうに微笑んでいる。
 キアヌが寝台に腰掛けると、ケイリーは愛しそうに赤金色の瞳を見つめた。
「えへへ〜。とっても幸せです。愛しています、キアヌ。ずっと、ずっと、あなただけを愛しています。・・・ずっと側にいさせて下さい」
「・・・ケイリー・・・・・・」
 胸が詰まった。
 それを望んでいたのは、自分の方だ。
 優しく唇を重ねて、力強くケイリーを抱きしめて、肩に顔を埋めた。
 
「・・・・・・死ぬまで側にいろ」
「・・・はい」
 ケイリーが幸せそうに頷くと、安心感と満足感と幸福感が溶け合って、優しく胸に広がった。
 柔らかく暖かいケイリーの体を抱きしめながら、キアヌは目を閉じた。
 初めから決まっていたのだろう、と思った。
 ここが、自分の居場所なのだろう。
 
 いつだって、そうだった。
 きっと、これからも、ずっと変わらない。
 そう信じることが出来た。
 
 だから、きっと、その言葉は永遠に紡がれるのだ。
 
 
「愛しています、キアヌ」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 了 ―2008年6月14日―

 

  

―後書きのようなもの―
 
  書くと宣言してから、UPするまでの道のりが長かった「赤鷲」でした。やっと完結して、ほっとしています。
 見捨てずにお待ち下さり、途中躓いている間にもメッセージを下さった読者の皆様、本当にありがとうございました。
 連載開始以前から、キアヌ X ケイリーは人気投票で票を頂いたり「早く読みたい」とのメッセージを頂いていました。 
 Web拍手のケイリーに押し倒されているキアヌと、イラストページの くだらない鼻血漫画がウケた様です。(笑)
 ご期待に沿えないのではないかと少々ビビリつつ始めた連載でしたが、連載中も沢山の嬉しいメッセージを頂きまして、
 完結まで辿り着く事が出来ました。本当に、読者様の励ましのメッセージには感謝しています。(涙)
 エクリッセ兄妹の変態っぷりと、キアヌの俺様っぷりは、書いていて楽しかったです。
 ライオネルの物語と同様に、トラウマや自己像と戦うという本来ならば暗い話でしたが、変態達に笑いながら読んで頂けたら嬉しいです。
 
 ケイリーサイドを書くか書かないか迷っているとBBSで話しましたところ、読者様からケイリーサイドも読みたいとの
 メッセージを頂きましたので、次はケイリーサイドをUPします。エクリッセ兄妹の意外とマトモな一面も、好いて頂ければ幸いです。
 
 
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