首都ケルアで生まれ育ったニールにとって、山間の田舎のルジェ子爵領は何もかもが新鮮だった。
毎年、夏休みにルジェ子爵領に滞在することで、小さかった自分の世界が少しずつ広がって行くように感じた。
川で釣りをしてその場で火を熾して釣った魚を食べたり、畑仕事を手伝ったり、羊やラゴルジェの世話を手伝ったりもした。ケルアでの生活では決して得られない経験ばかりで、普通の貴族らしからぬ生活は生きているという事を生々しく感じさせ、何よりもローレリアと一日中一緒に過ごせる毎日はとても充実していた。
ニールは皆に傅かれて当然という環境で育ったが、それは自分自身に向けられた敬意や好意ではなく、聖騎士爵家の跡取りという肩書きに向けられたものだと理解していた。
特に貴族達は、自分に対して様々な思惑を抱いていることを知っている。
それに比べて、ルジェ子爵領ではどうだろう。
ルジェ子爵家のローレリアの家族は、ニールを本当の家族よりもずっと家族らしく暖かく迎えてくれる。
領民達も、毎年夏になるとやって来る、少し間抜けで大変高貴な美少年をすっかり気に入って慕っていた。ニールを見ると喜んで手を振る人々の、側に駆け寄って来て好奇心いっぱいの目で見上げる子供達の、その笑顔の下には隠れた意味など何もないのだ。
それは、聖騎士爵家の跡取りの誰かではなく、確かにニール自身へ向けられたものだった。
貴族の多くがそうするように当然のように「田舎だ」と見下していたルジェ子爵領を、首都ケルアよりもよっぽど豊かな所なのだと思うようになった。
豊かさは、金や物質で測るものではなく、人々の心で測るものなのだ。
領民の慎ましくも平和な暮らしが、あのお人よしで気の優しい領主によって守られているのだと思うと、領主であるローレリアの父を尊敬せずにはいられなかった。
豊かなのは、人々の心だけでなく、「田舎だ」と馬鹿にしていた自然そのものでもあった。
精霊が住むと言い伝えられている深い緑の山々には、畏怖さえ覚えた。
ニールは信心深い方ではなく、ケルトレア王国の主神である大地の女神ダヌダクアを特に崇拝もしていなかったが、美しい自然に囲まれたルジェ子爵領では、自然と神々や精霊の存在を身近に感じ、魔力が調和して魔法がとても使い易いことに気が付いた。
ローレリアは魔法制御能力を鍛える為にケルアの学校に入学が2年遅れたが、なるほど、ルジェ子爵領で練習した方が上手く行くのだろうと思った。
豊かな自然と優しい人々に囲まれて育ったローレリアの素朴で優しく真摯な性格に惹かれることは、少しも不思議ではないと思えた。
神々に一番近いルジェ子爵領で、永遠の夏を、ローレリアと過ごしたかった。
将来を考えたくはなかった。
逃げているのだと、解っている。
生まれた時から肩に乗っているのは、国を守る要という責任。
それを中途半端に放棄して、国の行く末など、どうでも良いと思っていた。
ただ、適当にやりすごして、死を待つだけの人生だと思っていた。
それなのに、国などどうなっても良いと思っていた自分が、この地の平和を守りたいと思った。
ローレリアの笑顔を、彼女の優しい家族と領民の平和を、この手で守りたい。
国を守ることは、それに繋がる筈だ。
ならば、自分は、この地にいてはならないのだ。
ローレリアの側にいてはならないのだ。
立派な騎士になり、最前線で国を守り、家を継ぎ、家の都合に合わせて結婚し、その血を子供に受け継がねばならない。
そして、ローレリアは、望みどおり、故郷と似た田舎の領主の妻になるのだろう。
頭では理解できても、その幸せを遠くから祈るということが、どうしても想像し難かった。
毎日顔を見なくては、落ち着かないというのに、どうして遠く離れて別々の道を歩めようか。
どうすれば、ローレリアが手に入るだろう?
どうすれば、両親や親族を説得出来るだろうか?
「女神の気まぐれ」によってニールの子を産めるだけの魔力を持ち健康なローレリアは、最低限の結婚相手の条件は持っているのだ。
魔法制御能力も高く、魔術師としての腕も良いことは、聖騎士爵家の跡取りの妻にとって更に良い条件だ。
しかし、貴族として最高位である聖騎士爵家の跡取りの妻になるには、身分が低く、領地も手を組む利がない。
では、分家の養女にしたらどうだろうか?
そうすれば肩書きは侯爵家の娘になり、聖騎士爵家の跡取りの妻に十分な身分だ。
(……駄目だ。
そんなことは出来ない。
あんな堅苦しい家にローレリアを入れるなんてことはしたくない。
それに何よりも、ローレリアを家族と引き離すなど、絶対にしたくない……。
どうすれば良いのだろうか?)
聖騎士爵家の跡取りに相応しくないような間抜けな男を長年演じていているというのに、ニールの両親は跡継ぎの座からニールを降ろしていなかった。
姉に分家から婿を取ってもらって、家を継いでもらえれば、ローレリアと一緒になれるだろうか?
いや、逆に、跡継ぎにならないのなら、どこかの有力な家に婿入りさせられてしまう可能性もあるだろう。
(……そうか。寧ろ、跡継ぎの方が、ローレリアを娶れるのではないか。
私が世話を焼いてくれる女がいなければ生きていけないような駄目な男ならば、彼女がいなければオルデス家の存続が危ぶまれるような頼りない男ならば、周りも納得するのではないだろうか?)
今までどおり間抜けな男を演じ、ローレリアがいなければ何も出来ないことを主張しよう。そして、逆に今までとは違い、彼女さえいれば跡継ぎに相応しい働きをするのだと思い込ませれば良いのだ。
これまでは、ローレリアに両親や親族が危害を及ぼす可能性を考慮して遠ざけてきたが、これからは、両親と親族にローレリアの存在の大きさをもっと知らしめよう、と思い立った。
(ローレリアが側にいたら……
ずっと、側にいてくれたなら……
そうしたら……
きっと、自分の人生に、意味を見出せる……)
騎士学校の後半の3年間は、学校での授業が半分と、見習い騎士として一人の騎士に従属して学ぶ時間が半分の課程になっている。
魔術師学校も一緒で、学校の授業が半分、一人一人が魔術師の下で学ぶのが半分で、授業の夏休みはそれまでと同じだが、個々の従属した相手によってバラバラに休みがあった。
なので、それまでに比べて短い夏休みだったが、ニールは上級学校の高学年になってもどうにか毎年ルジェ子爵領に滞在した。
「木陰に入ると、涼しくて気持ちが良いわね」
二人で山に入ってローレリアの課題に使用する薬草などを採取するのは、毎年変わらない。
お気に入りの場所で小川のせせらぎを聞きながら昼食を食べるのも、もう習慣になっている。
「お腹がいっぱいになったら眠くなっちゃいました。ローレリアさん、お昼寝しましょう?」
「ニールって、いつまで経っても赤ちゃんみたいねぇ」
成長してローレリアよりも体の大きくなったニールが、座っていた布の上に横になって目を閉じると、ローレリアはくすくすと笑った。
よしよし、と、ニールの頭を幼い頃と変わらずに撫でて、ローレリアもニールの隣に横になる。
そうやって、ニールが眠った振りをして、ぐっすり眠っているローレリアを一方的に愛撫する「昼寝」の時間は、二人で山に行く時には必ず設けられていた。
何年経っても、ローレリアは何も疑うこともせずに、ニールの好きなようにされているとは夢にも思わずに、すやすやと眠っている。
長年ローレリアの体の成長を楽しんで来たニールだったが、服の下に隠された見事な肢体には毎年驚かされていた。顔と手以外を隠した服の下に、こんなにも扇情的な体があると誰が想像できるだろうか。
豊かな白い胸を両手包み谷間に顔を寄せて柔らかさを楽しみ、頂をそっと口に含む。舌を這わすと無意識下でも固くなるそこに興奮して思わず噛み付きたくなるのを我慢すると、切なげに溜息を吐いて、ニールはローレリアの胸元を閉じて上半身の服を調える。
長いスカートを押し上げると目に飛び込んで来た白い脚に、ニールは思わず舌なめずりをした。
ローレリアの人目に晒されることのない理想的な曲線を描く脚に頬を寄せ、両手で包むように何度も撫でる。手に吸い付くようなしっとりとした肌とむっちりとした弾力のある触り心地が気持ち良くて、ニールはうっとりしながら、所々に唇を寄せて舌を這わす。
強く吸って白い肌に跡を残してみたいのだが、ローレリアが跡を見て疑問に思ってしまうだろうから、我慢する。
脚の付け根まで愛撫をしたニールは、上気した頬に興奮で息も荒く、ローレリアの脚に頬を寄せて片手で下着の上から薄っすらと湿った所を優しく指でなぞりながら、もどかしく熱く滾る自分の下半身に我慢出来ずに、もう片方の手で硬くなったそれを服から取り出して摩った。
興奮が一気に高まり、自分の心臓の音と荒い息遣いが森の騒めきからはっきりと隔離されて体中に響き渡る。
慎重に下着を脱がすと、隠されていた所を、その柔らかさを確かめるように、そっと指で触れる。
(・・・年々、いやらしい形になっていくな・・・・・・)
流石に痛さで起きてしまうだろうから、まだ奥の方には指も入れたことがない。
そこをじっと見つめて撫でながら、自分の物を摩る手を速める。
はみ出した花弁をぺろりと舐め、口に含んで吸い付いたまま、口内で舌を動かすと、ジュルジュルと音を立てて滴った唾液が茶色の毛をテラテラと光らせた。
そのいやらしい見た目と音と味に、興奮が頂点に向かって駆け上がるのを感じて、ニールは苦しげに目をぎゅっと閉じた。
(ローレリア、ローレリア、ロレーリア……!!)
「・・・く・・・ああっ・・・!!」
胸元から懐布を取り出して口を拭い、自分の唾液が濡らした柔らかな所もそっと拭いて、下着を履かせる。達した所も拭って、出たものを拭き取り、懐布を小川で濯いだ。
ローレリアの元に帰って寝顔を覗き込むと、流石にあちこち触られて感じたのか、ローレリアは眉を寄せて頬を少し上気させ、寝返りを打って横向けになった。
「・・・うう・・・ん・・・・・・」
これだけ好きなようにしても起きない事が信じられなくありがたいが、逆に、近頃は、途中で起きてしまえば良とも思う。そうしたら、開き直って本性を見せて、無理矢理に最後まで奪ってやるのに。
(泣いて嫌がるローレリアを犯したら、死ぬほど快感で、その後、死ぬほど後悔して絶望することだろう。きっと、本当に死にたくなるだろうな……)
壊してしまいたい。
ローレリアも、この関係も、自分自身も。
そう考えていたら、又、下半身が反応して硬くなってきた。
(……何故、お前はそんなに暢気なんだ、ローレリア? 私をいつまでも出会った時のままの子供だと思っているのか? お前を犯したがっている雄なのだと、どうして認識できないのだ? どうして、私を男として見ないのだ……! お前を想って、こんなにも熱くなっているのに……)
ニールはローレリアの顔の横に膝を折ると、硬く反り返ったものを再び服から取り出して、ローレリアの滑らかな頬に押し付けた。
息を荒げながら、無垢な寝顔に欲望の塊を押し付ける罪悪感と、今にも起きるかもしれない恐怖感に、益々興奮したものをローレリアの柔らかな唇にそっと近付けた。
何も知らずに可愛らしく眠る愛しい人の唇に自分の性器を押し当て、興奮して先走ったものが小さな唇をてらてらと濡らすと、その淫らで背徳的な状況に興奮したニールは、我慢出来ずに声を漏らして達して、白濁した液体がローレリアの髪を覆った布と頬に飛び散った。
その情景は征服欲を満たし、ニールは興奮して肩で息をしながら、薄く笑った。
(お前は私のものだ、ローレリア。決して、誰にもやるものか……)
ローレリアが髪を隠すために被っている細かな花の模様の刺繍の施された布を汚してしまったので取ろうとすると、ピンでしっかり固定されていて簡単には外れなかった。
ルジェ子爵領では、女性は頭に布を被り、髪を隠す。
織物が盛んな土地なので、自分で織って刺繍をした布を被り、どれだけ腕が良いかを見せる意味もある。なので、特に未婚の女性は手の込んだ華やかな自慢の布を被っているのだ。
歴史的な背景としては、ルジェ子爵領の民の多くは髪の色がこげ茶色で、茶色がかった金髪が多いケルトレアでは大変珍しく、数百年前までは人狩りの対象に狙われたので、髪を隠す風習が出来たのだ。今でも、女性が綺麗な布で髪を隠すのは勿論の事、男性でも子供の時は必ず帽子を被る習慣がある。
首都ケルアにいる時でもローレリアが髪を小さくまとめて大きなリボンをしているのは、故郷の文化的習慣の為だ。女性が美しい髪を見せるのは夫の前でのみ、という風習があるので、髪を見せる事をはしたないと思い、できるだけ隠しているのだ。本当は布を被りたいのだが、そうするとケルアでは逆に目を引いて目立ってしまうので、リボンで代用している。
ローレリアが自分で刺繍をした布を、髪に固定してあるピンを取りながらそうっと外すと、結わいていた髪までぐずぐずになってしまった。
汚れた布を小川で洗って戻って来てもローレリアは眠っているので、くずれた髪を一度解いて結わき直そうと思い、丁寧にローレリアの髪を解くと、ニールは息を呑んだ。
タレ目で愛嬌があって可愛らしい顔立ちではあるが貴族としては特に美人でも華やかでもないローレリアなのだが、髪を解くとがらりと印象が変わった。
普段は髪を出来るだけ見せないように小さくまとめて肌を隠した服を着ているので、どうしても地味に見えるローレリアが、髪を解くだけで、華やかな美人に一変したのだ。
信じられないものを見るように驚きながら、ニールはそうっと髪に指を通して整える。螺旋を描く長い濃い茶色の髪が顔にかかるのが美しくて、ドキドキしながらニールはローレリアを見つめた。しなやかな髪が指に絡まる感触が快感で、何度も何度も、髪を梳いていると、ローレリアがゆっくりと目を開けた。
興奮して上気した頬のニールが自分を熱く見つめていることに、ローレリアは寝ぼけながら首をかしげて手を頭に当て、髪を結わいていない事に気付くと、驚いて両手で髪を押さえた。
「・・・私の髪を解いたの、ニール!?」
「ローレリアさん、これには深い訳が・・・・・・」
「酷いわ!! 田舎の風習だと馬鹿にしているのね!? 結局あなたも、ケルアの貴族達と同じで、自分の価値観でしか世界を測れないの!?」
ローレリアが泣きながら叫ぶと、ニールは初めての事に衝撃を受けて、どうして良いか解らなくて何も言えずに立ち尽くした。
それを肯定と受け取ったローレリアは、涙の滲んだ目でニールを睨んだ。
「ニールなんか大っ嫌い!! 顔も見たくないわ! ケルアに帰ってよ!!」
そう叫ぶと、ニールの手にしていた布を引っ手繰り、ローレリアは駆け出した。
ニールは全身の力が抜けて、へたりと地面に膝を付いた。
大っ嫌い。
顔も見たくない。
ケルアに帰って。
言われた言葉が、勝手に頭の中で何度も反芻する。
体中の感覚が麻痺して、立ち上がることも、指を動かす事も出来なかった。
暫く動けないでいたニールは、真っ青な顔のままよろよろと立ち上がると、持ち物を纏めて、ローレリアの後を追って、ルジェ子爵城に向かった。
ニールがやっとローレリアの背中を見つけると、ローレリアは泣きながら城の中に入るところだった。ローレリアは城内を駆け回って兄弟を探し、姉リネットに抱き付く。
「どうしたの、ローリィ!?」
走りながら適当に髪を結び直して、ニールから取り戻した布を被ったローレリアの頭は乱れている。珍しく取り乱して泣いている末っ子に、ルジェ家の兄弟は心配そうにローレリアを見た。
ルジェ子爵夫妻は公務で出かけていているので、兄弟だけでのんびりお茶をしていたのだが、ニールと山に行ったローレリアが一人で泣きながら帰って来たので、ニールに何かあったのかと三人は青ざめた。
「ニールが、ニールが、酷いの!! 私の髪を解いたの!!」
「え・・・!? ニール君が!?」
リネットは眉を寄せて、驚いた顔をする。
「・・・・・・なんだ、それだけか」
「・・・なんだよ。驚かすなよ、ローリィ」
レミュエルとランディスがほっとした顔で溜息を吐いたところで、ニールが部屋に入って来た。
「ちょっと、兄さんもレミュエルも、『なんだ』じゃないわよ!! 髪を解くのは女性にとっては一大事なのよ!! 酷いじゃないの、ニール君!! 私達の可愛いローリィになんて事をするの!!」
リネットは怒ってニールを睨むと、お嫁に行けない、と頬を濡らすローレリアを抱きしめて、おや?という顔をした。
「・・・なんか、湿っているけど、川にでも落としたの?」
ローレリアの頭に被っている布を触って訝しげな顔をするリネットに、ローレリアは頭に手を当てて布を触ると首を傾げた。
「え? ・・・・・・あれ、濡れてる?」
「あの・・・言い難いのだけれど・・・・・・木の下で眠っていたら、鳥のフンが落ちてきたんです」
ニールが申し訳なさそうな顔で言うと、ルジェ家の四兄弟は目を瞬かせた。
「「「「え!?」」」」
「布が汚れちゃったから、ローレリアさんが寝ている間に小川で洗ったのだけど、外す時に髪も解けちゃって・・・ごめんなさい、ローレリアさん。・・・・・・僕、髪を解こうとしたわけではないんです・・・」
「・・・・・・それで、 水浸しだったの・・・?」
気の抜けた顔をしたローレリアに、ニールが頷くと、ローレリアの兄達と姉は呆れた顔をした。
「鳥の糞をニール君に洗わせたのか・・・」
「俺の妹、鳥フン姫〜」
「頭に鳥のフンが降って来るなんて、ローリィ、間抜けねぇ」
自分が勘違いして泣いて取り乱していた事を知って、ローレリアは羞恥に頬を染めた。
「・・・そ、そうだったの・・・・・・」
「ごめんなさい、ローレリアさん。僕の事、嫌わないで下さい・・・」
めそめそ泣くニールの頭を、ローレリアの兄達と姉がよしよし、と撫でる。
「大っ嫌いだなんて・・・顔も見たくないなんて・・・ケルアに帰れだなんて・・・・・・うっうっ・・・」
「言い過ぎたってば! 誤解して悪かったわ。・・・もう、見習い騎士でしょ、そんなに泣かないでよ!」
泣き止まないニールに、すっかり涙の引っ込んだローレリアが怒った顔をすると、ニールはローレリアに抱き付いた。
「・・・タレ目で怒った顔が可愛いです! 僕のローレリアさん!!」
「やめてよ、ニール! もう! 心配して損したわ!!」
濡れた布を取り替えて着替えてから研究室に行くと、こちらも着替えたニールが今日二人で採取した物の入った籠を持って座っていたので、ローレリアは先程の失態に照れくさそうに微笑んだ。
「籠、持って帰って来てくれたのね、ありがとう」
「えへへ。『いいこいいこ』してください」
頭を突き出すニールに、ローレリアは優しく頭を撫でる。
「いいこいいこ」
「わーい」
こんな事をやっているから男として見てもらえないのではないか、と心の中で自分に言いつつ、ニールは可愛らしく微笑んだ。
「あら、この花摘んでないけど、ニールが摘んだの?」
籠の中身を取り出しながら、見覚えのない白い小さな花を摘まんでローレリアは首を傾げた。
「はい。ローレリアさんの綺麗な女神色の髪にぴったりだと思って!」
ローレリアが薬草を採取している間に見つけて摘んでおいたのだ。
「女神の髪の色は黒よ?」
ローレリアが眉を寄せると、ニールはにっこりと笑顔を返した。
「でも大地の色は茶色でしょう?」
「それはそうだけど・・・」
ケルトレア王国の主神である大地の女神ダヌダクアが黒髪なので、ケルトレアでは黒髪が一番好まれるのだ。こげ茶色の髪も珍しく、黒に近いので好まれるのだが、「女神色」などとは言わない。
しかし、ニールは大地の色は茶色なのだし、何よりも自分の女神はローレリアなのだから、ローレリアの髪の色は「女神色」なのだと思う。
「保存の魔法掛けてください」
「良いけど・・・」
ローレリアが保存の魔法を小さな白い花に掛けてニールに手渡すと、ニールは嬉しそうにその花をローレリアの耳の上に飾る。髪が布で隠れてしまっているのが惜しいが、可愛らしい野の花はローレリアにぴったりだと思った。
「可愛い。・・・愛しています、僕の可愛いローレリアさん!!」
ぎゅっと抱きしめると、ローレリアが真っ赤な顔をしてもがいた。
「っ・・・や、やめてよね! もう! 私、ニールのものじゃないし!」
「つれないです〜。こんなに愛しているのに〜」
ぶー、と頬を膨らませるニールに、ローレリアは頬を染める。
「大声で言わないでよ! 恥ずかしいでしょ!」
「恥ずかしくなんかありませんよ! 僕のこの深い愛が、ローレリアさんはどうして解らないの?」
「やめてよ! からかわないでってば!」
「ああ、そのタレ目で怒った顔にメロメロです!」
「ニールの馬鹿!」
立ち上がって、パタパタと走って資料を取りに行ったローレリアをニールは追いかける。
「待ってよ〜、ローレリアさん!」
ローレリアを引き止めるのは簡単だ。
こうすれば良い。
びたん、と派手な音を立ててニールは転んだ。
「え〜ん! 痛いよ〜! 擦りむいちゃったよ〜!」
泣き声を聞いて、はぁ、と溜息を吐くと、ローレリアは振り返って、ニールの元へ引き返す。
「・・・もう、あなたって本当に仕方のない人ね!」
ローレリアはそう言って、眉を寄せながらニールの擦りむいた手の平とおでこに回復魔法をかけた。
(私の可愛いローレリア。
お前は、なんて不思議な女なのだろう。
私を驚かせて、混乱させて、気持ちをかき乱して……それなのに、何故か、側にいるとこんなにも満たされる。
私はお前の周りをぐるぐる回っていて、お前は私の世界の中心だ。
お前がいなくなってしまったら、私は軌道を外れて永遠に彷徨い続けるのだろう。
それはきっと、光を失った世界だろう。
光など、知らなければ、暗闇も辛くは無かった。
お前になど出会わなければ、私は生きる事に何も感じず、心乱されず、ただ、「聖騎士爵家の跡継ぎ」という駒として、生きていけたのに。
憎らしい、女だ。
憎くて、愛しくて、堪らない。
愛しているんだ、ローレリア。
どうしたら、この想いはお前に届くのだろうか?
どうやって伝えれば良いのか解からないんだ。
こんなにも愛しいのに、この想いは少しも伝わらない。
愛している。
お前を、誰よりも美しいと思う。
何よりも、大切に思う。
毎日言葉にしても、お前は少しも信じてくれない。
間抜けな男の言葉など、信じられなくて当然か。
今更、どうすれば良いのだ?
今更、本性を出せと?
その事で他の誰にどう思われたってかまわない。
だが、お前に嫌われたら、私はきっと……生きて行けない。
「あなたって本当に仕方のない人ね」
そう言って、お人よしのお前は困ったように笑って、私の面倒を見てくれるのだろう?
ずっと、そうしていて欲しい。
他の誰に笑われても、馬鹿にされても、良い。
私は一生このまま、間抜けな男でい続けよう。
そして、その代償に、必ずお前を手に入れてみせる)