美少年より田舎暮らし! (3)

 


  自分をお姫様さまだっこして嬉しそうに歩くニールの、
触れそうな程に間近で見る顔を、やっぱり「文句の付け所が無い程に美少年」だと思ってしまう事に、ローレリアは何やら悔しくなった。
 抵抗しても降ろしてくれないので、諦めて大人しく抱かれて運ばれながらも、ニールの楽しげに笑う綺麗な顔を睨んでいると、うっとり見つめ返された。
 
「ああ、僕のローレリアさんは、やっぱり、タレ目で怒った顔がとっても可愛いですね」
 いつもの台詞を言って、ふんふんふ〜ん、と鼻歌を歌いながら、自分を抱えたままスキップしているニールに、ローレリアはガックリと肩を落とす。
 幼少の頃から、このやり取りを何千回繰り返しているのだろうか……。お互い全く進歩が無い、そう思いながら、ローレリアは溜息を吐いた。
 
 
 

「僕の部屋を、僕達二人の部屋にする為に改装したんです。ローレリアさんが気に入ってくれると良いなぁ」
 えへへ、と嬉しそうに笑いながら立派な扉を開けるニールに、ローレリアは眉を寄せた。
「・・・・・・ニールと私って、本当に三ヶ月前に婚約していたの?」
「そうですけれど、どういう意味ですか?」
 可愛らしく首を傾げるニールを見て、ローレリアは益々眉を寄せる。
 ローレリアの為に部屋の改装をしたという事は、やはり、本当に自分とニールは婚約していたという事なのだろう。どうして自分以外の人達は、三ヶ月前から自分とニールが結婚すると知っていて、当事者の自分だけが次期ペルノ伯爵と結婚すると思い込んでいたのか解からない。
 

「・・・部屋、気に入りませんでしたか?」
 しょんぼり言うニールに、ローレリアは顔を上げて部屋を見渡すと、驚きの声を上げた。
「ええっ!? ちょ、ちょっと、これ、改装の域を超えてるでしょ!?」
 自分用の机と椅子と棚が一つずつ増えて家具の配置がずれただけ、位を予想していたのだが、目にした光景は、それとあまりにもかけ離れていた。

 

 ローレリア用の新しい机や棚や椅子が置かれているだけではなく、全ての家具に見覚えが無い。
 以前この部屋に置かれていた長椅子は、例の高い染料を使用した紫色で、細かい芸術的な模様が織り込まれていて、その上、金の足と腕置きが付いていて高級過ぎてちっとも寛げない物だった。その前に置かれた低卓も、宝石をはめ込んだ金の縁取りがされていて、お茶を零さないように飲むのに細心の注意を払っていたので、良く覚えている。
 それに、本棚はもっと高さがあって、机だって分厚くて大きくて、男性的騎士的な重厚な造形の物だった。
 以前のニールの部屋は、オルデス聖騎士爵家全体の内装と同じで、オルデス家の色である紫を主に、格調高くいかにも高級で威圧感のある内装だったのだが、それが、まるで違う素朴で暖かな雰囲気に代わっているのだ。

 全ての家具が、今まで置いてあった物よりも明るい色合いの木材を使用して作られているし、一目で良い品と分かるけれど、以前の様に、美術館でも開いたらどうだろうか、万が一傷つけたり汚してしまったらどうしよう、と思うような使用するのに気が引けるものではない。
 床も壁も天井も窓枠さえ何もかも取り替えられている事に、ローレリアは開いた口が塞がらなかった。
 まるで、この部屋だけ、全く別の屋敷のようだ。そう、これはまるで……
 

「・・・・・・これって、もしかして、うちの内装を参考にしたの?」
「はい! これからは、僕だけの部屋ではなくて、僕とローレリアさんの部屋ですから!」
 ニールが長年使ってきた自室を、何もかも自分に合わせて造り変えてくれたのだという事に、ローレリアは感動してしまい、「この三ヶ月の間に一体何があったのか、どのように自分はニールと婚約をしたのか?」という謎を問い詰めることをすっかり忘れてしまった。
「気に入ってくれましたか?」
「・・・ん」
 嬉しそうに目を輝かせて顔を覗き込むニールの腕の中に抱かれたままのローレリアは、目の前の美少年が本当に自分を愛しているのだと見せ付けられて、頬を染めて恥ずかしそうに俯いた。
 それを見たニールは、少し驚いたように目を見開いてから、興奮がちに言った。
「ローレリアさん! 奥はもっと凄いんですよ!」

 
 ニールはローレリアを抱えたまま、部屋の中にある扉を開けた。

 その奥の部屋はニールの寝室として利用されていた部屋なので、以前の状態を知らないが、明らかにオルデス家の他の部屋とは全く違い、ローレリアの実家ルジェ子爵家風の内装だった。

 ――部屋の広さと、寝台の大きさを除けば。
「・・・・・・うちにあんな大きな寝台は無いけど?」
 なんだ、あの、超特大の寝台は。
 大人が10人は余裕を持って眠れるような大きさだ。
「そこは臨機応変に、です。ふふふ。気に入りましたか? 良いでしょう、あの寝台! どんなことでも出来ますよ!!」
 眠る以外に何をすると言うのだ。
 顔を引き攣らせるローレリアを抱えたまま、ずんずんと広い寝室を横切って、ニールはもう一つ扉を開ける。
「そして、これが、特に見て欲しかった物です! じゃーん!!」

 
 

「・・・・・・ナニコレ?」
「浴室ですよ〜〜! 隣の部屋を潰した分、浴室を拡大して、衣裳部屋も造ったんです!」
 浴室。
 それは、何処の屋敷にもあるものだ。
 何処の屋敷にも、寝室から内側の扉で繋がっているものだろう。
 例に漏れずに、この部屋もそうだ。
 だが、目の前に浴室とは思えない広さで広がる謎の空間には、浴槽が10個くらいあるのは気の所為だろうか?
 ローレリアが知っている限り、普通の屋敷では1つの浴室に浴槽は1つか2つだ。

 

「ミズノト様の祖国の浴室には浴槽が沢山あったからと、ディアン陛下が王城の浴室を改造したとお話しくださったのです。親愛なる陛下の真似をしてみました!」
 いや、親愛なる国王陛下の奥様である王后様は何千年もの歴史を持つ大国から嫁いで来られた王女様ですから。そりゃ、何でもアリでしょう。
 そう心の中でツッコミを入れながら、ローレリアは呆れて言葉が出ない。
「ミズノト様のお話を参考に頑張って造ったんです。一つ一つ違うんですよ!」
「……何がどう違うの? この浴槽の数、何の意味があるの?」
「最新の魔具が付いていて、泡が出たりお湯が流れたり、色々あるんです。入浴剤も色々用意しました! さぁ、脱いで脱いで!」


 やっと床に降ろしてもらった、と、床の固さを足の裏に感じて少し安心した瞬間、ローレリアの思考は急停止した。
「・・・・・・え? 何ですって?」
「ですから、服を脱いで、湯に浸かりましょう? 今日一日、疲れたでしょう?」
 疲れたのは、誰の所為だと思っているのだ。
 魔具に魔法をかけてお湯を張り、入浴の準備をしているニールの背を眺めながら、ローレリアは眉を寄せた。
 入浴するのは大歓迎だ。
 このヘンテコな浴室も、試してみたいと思う。あの美しく気高い王后様がご所望された物ならば、きっと素晴らしい物なのだろう。
(だけど……その後に待っているのは……)
 結婚して夫婦になった男女が夜を迎えてすることは、一つだろう。
(しょ、初夜〜〜〜〜!!!!)
 ローレリアは真っ赤に染めた顔をブンブンと横に振った。
(無理! ニールとそんなことするなんて、無理! ムリムリムリムリ絶対に無理!!)

 

「これ、どうやって脱ぐのですか?」
「うわぁ!」
 背中を触られて、思わず飛び上がった。
 ニールは、花嫁衣裳がどういう構造をしているのかと、ぐるりとローレリアの周りを一周して首を傾げながら、背中にある留め金の一つを外そうと奮闘している。
「この花嫁衣裳、ローレリアさんにぴったりで綺麗ですけれど、どうやって脱がせるのか解からないです! ねぇ、ローレリアさん、どうやって脱がせれば良いの?」
「・・・し、知らないわ」
 嘘を言って誤魔化すローレリアに、ニールは頬を膨らませて、腰に下げている剣に手を掛けた。

「ちょ、ちょっと、ニール! 何をしようとしているの!?」
「え? 何って、服を切るんですよ? 勿論、ローレリアさんの柔肌を傷つけるヘマはしないから、安心してください!」
「そういう意味じゃなくて! 切るなんて、そんな勿体無いこと、駄目よ!!」 
 こんな牛何百頭分の値段か分からないものを、脱げないからというだけで切るなんて、ローレリアには信じられない。こういうところの価値観は違い過ぎて理解出来ない。
 
「でも、脱げないのでしょう?」
「脱ぐ! 脱ぐから!!」
「脱げそうですか?」
「う、うん。・・・・・・全く、信じられないわ! この花嫁衣裳、売ったらいくらすると思っているのよ」
 呆れたように言うと、ニールは眉を寄せた。
「・・・・・・やっぱり切ります!」
「ええっ!? なんで!? や、やめて〜〜!!!」
 剣を鞘から抜いたニールに、ローレリアは慌てて、服を庇うように、両手を体の前で交差させて自分を抱きしめる。
「ローレリアさんが袖を通した衣装を他人に穢されるくらいなら、僕が抹消します」
「売らないから! 一生もう二度と着なくても、毎日、鑑賞するから!」
 必死に言うと、ニールは少し首を傾げてから剣を鞘に収めた。
「本当ですか? 毎日着てくれても良いですよ。とってもお似合いですし」
「どこに花嫁衣裳を毎日着る人がいるのよ!」
「可愛いのに〜。でも、脱いだらもっと可愛いですよ! さぁ、脱いで脱いで」
「うっ・・・」
 ローレリアが躊躇うのを見て、ニールはもう一度剣を抜こうとする。
「脱ぐわ! 脱ぐから! 脱ぐから切らないで!!」
 
 

「下着も花嫁衣裳とお揃いなんですね。お似合いです! ああ、僕のローレリアさんは、なんて可愛いのでしょうか!! そして、この体の曲線の素晴らしさ!! いつもぴっちり首までの服の下に、こんな扇情的な体が隠されているなんて、僕以外は誰も想像出来ませんね・・・!! 素晴らしいです、ローレリアさん! 妄想さえも僕だけのものです!! ああ、この脚!!」
 花嫁衣裳を脱ぐと、ニールは大喜びでローレリアの前に跪いて、半透明の絹のペチコートを捲って、太股に頬を摺り寄せた。
「触らないでよ! 早く出てってよ! 馬鹿!」
 すりすり、と幸せそうな顔で頬を寄せるニールの頭をぺちぺちと叩き、引き剥がす。
 ニールは微笑むと何の躊躇も無く、服を次々と脱ぎ捨てた。
「ちょっと、ニール何やっているのよっ!? 何であなたまで服を脱いでいるの!?」
「え? 一緒に入るんですから、脱がなきゃでしょう?」
「は!? 一緒に入るって!?」
 眉を寄せたローレリアに、ニールは笑顔を向ける。
「その為に改装したんじゃないですか。こんな広い浴室で一人きりで湯に浸かるなんて寂しいじゃないですか。酷いですよ、ローレリアさん!」
「私が何をしたって言うのよ!? 改装だって、別に頼んでないし・・・そりゃ、うちの屋敷風のあの部屋には確かにちょっと感動しちゃったけど・・・・・・この浴室は、あなたの趣味でしょ!!」
「ふふふ。こちらが泡風呂です。さぁ、まずこちらに入って体を洗って、あちらの浴槽で流して、他の浴槽に移りましょうね!」
「きゃあっ!」

 ぱぱっと残りの服も全部脱いだニールに、ローレリアは顔を真っ赤にして目を両手で覆って後ろを向いた。 
「ああ、その反応が可愛いです! ローレリアさん!」
「いやぁ! こ、来ないで!!」
 目を覆ったまま身を硬くした下着姿のローレリアを、ニールはうっとりした顔で問答無用に手早く裸にして抱き上げた。
 
 
 ローレリアは、抱き上げられて素肌が触れ合っている事に、益々身を硬くしてぎゅっと目を瞑り、体を手で隠したが、直ぐに、ゆっくりと湯に浸かる感触に目を開けた。
「泡で見えないから大丈夫ですよ、ローレリアさん」
「ううう・・・」
 羞恥心で消え入りたい気分のローレリアは、ニールから離れようともがいたが、いつもどおり、無駄な抵抗だった。
 体を包むモコモコの泡は、柔らかくて良い香りで、とても気持ちが良いのだが、ニールの膝の上に座らされているローレリアには、それを楽しむ余裕など微塵も無い。

「・・・髪、解いて良いですか?」
 纏め上げられている茶色の髪を撫でながら、ニールは愛しそうにローレリアを見つめて言った。
「・・・う、うん・・・・・・」
 
 ローレリアの故郷では、女性は髪を隠す習慣があり、色取り取りの綺麗な織物を頭に被るのだ。
 首都で同じ事をすると却って目立ってしまうので、ローレリアは髪をきっちり纏めて、髪を隠すように大きなリボンを付けて代用している。
 成人した女性が髪を解くのは、夫の前でのみだという事を、ルジェ子爵領に毎年遊びに行っていたニールも知っていた。

 留められているピンを一つ一つ取っていくと、長い濃い茶色の髪が徐々に解けてきた。ローレリアの髪はきつめの巻き髪で、髪を解くと、印象ががらりと変わる。
 
 ルジェ子爵領には、髪だけでなく肌をできるだけ露出しないような服を着る習慣もあるので、ローレリアは首まで襟があって裾の長い服しか着ない。その下にいつも隠されている体は、実はとても女性的な曲線のあるもので、服を脱いで髪を解いたローレリアは、とても華やかで普段とは別人のようだ。
 ニールはそのことには驚きもせずに、満足そうに微笑んだ。
「ああ、やっぱり、僕のローレリアさんがこの世で一番美しいです」
「それは絶対ないから」
 うっとりした顔でローレリアの髪を洗うニールに、ローレリアはむすっとした顔できっぱり否定しつつも、大人しく髪を洗われている。
(・・・髪を洗ってもらうのって気持ちが良い・・・・・・)
 一日緊張していたのが解れるようで、ローレリアは裸で美少年にくっついている状況も忘れて、目を閉じた。
 
 

「体も洗ってあげますね!」
「え? あっ・・・やだ、ニール!体ぐらい自分で洗えるから・・・!」
 ニールは、泡の付いた両手で優しくローレリアの体中を、くるくると円を描くように撫でながら洗う。
「やだ・・・やめてよ・・・ニール! ・・・あ・・・ふぅん・・・ん・・・」
 胸の先端を刺激されて、ローレリアが甘い声を漏らすと、ニールはそっとローレリアの細い首筋に唇を寄せた。
「・・・ローレリアさん・・・・・・」
 熱い吐息に、ローレリアは、びくり、と身を強張らせる。
 先ほどから尻に当たっていてどんどん硬くなっているそれは見た事が無いが、何なのかは一応知識としては知っている。
 男性の性的に興奮している証拠に恐怖を感じつつも、ニールの手が触れた所全てに、感じたことのない快感を感じる。熱くなって来た下半身の敏感な所に触れられて、ローレリアは訳が分からない感情の渦に涙目になった。
 
「大丈夫ですよ、ローレリアさん。僕のことは、ちっとも怖くないでしょう?」
 気持ちが伝わったのか、ニールは優しく頬を撫でた。
「・・・ニール・・・・・・」
 ニールの顔を見ると、少しほっとして、それでも恥ずかしそうにローレリアは目を伏せた。
「愛しています、ローレリアさん・・・」
 唇が重なる感触が、とろけるように甘い。

「愛しているので、僕の体も洗ってください」
「え・・・?」
「お願いします、ローレリアさん」
「うっ・・・」
「お願いです、ローレリアさん」
 子犬のような目で見つめられて、可愛らしくお願いされて、ローレリアは又負けてしまった。
「本当にあなたって、仕方のない人ね・・・」
 お人よしのローレリアは、今までもニールの「お願い」を断れた例がない。
 

 体中に付いている泡で、とりあえず無難に腕から洗ってみる。
 これでも一応、幼少の頃から厳しく鍛え上げられた騎士なので、ニールは顔は可愛くても、体はとても男性らしく筋肉の付いた体をしている。腕もローレリアの2倍の太さがありそうだ。
 自分の体とは違う硬い筋肉の感触に、ローレリアはドキドキしてしまい、ニールの顔を見れずに俯いたまま、早急に全身を洗った。
「はい、終わりっ!」
「・・・・・・何か、凄く雑じゃありませんでしたか? 髪も洗ってください」
「仕方ないわね!」
 サラサラでキラキラのニールの髪を、ローレリアは乱暴にガシガシガシと勢い良く洗って流すと、びしょ濡れにされたニールは、犬のようにプルプルと頭を振って湯を飛ばした。
「全然、心が込められていません〜」
「そ、そんな事無いわよ! ほら、もうこれで全身綺麗になったわ! 満足でしょ!」
「・・・ここは?」
「っ!!」
 下半身の硬くなった所を握らされて、ローレリアは顔を真っ赤にして、手を引っ込めた。
 
「ここも洗ってくれなきゃ駄目ですよ。今夜、一番重要な所ですよ?」
「し、知らないわよ! そんなトコ自分で洗いなさいよ!」

 ニールは逃げようとするローレリアを捕まえて抱き上げると、向かい合わせて脚を開かせ、自分を跨がせるように上に座らせた。
「優しく、洗ってくださいね」
 ローレリアの手を取ってそこに導くと、自分の手を上から重ねて、ゆっくり上下させる。
「気持ち良いです、ローレリアさん・・・ああ・・・凄く、気持ち良いです・・・う・・・ん・・・」
 切なげに自分を求める表情と声に、ローレリアは羞恥に顔を真っ赤にさせながらも、心が満たされて、愛おしさが溢れてくるのを感じて戸惑った。
「ローレリアさん・・・僕・・・もう・・・」
 ニールはローレリアの手の上に重ねた手を、何度か早く上下に動かすと、びくり、と体を震わせた。
「・・・うっ・・・ああ、ローレリアさん!!」
 大きく息を吐いた後、ニールはローレリアの腕を自分の肩に乗せて絡ませ、ぎゅっと抱きしめる。
「・・・・・・・・・う〜ん・・・・・・気持ち良かった・・・。はぁ〜〜」
 満足顔のニールの顔を見て、彼が達したことを理解し、ローレリアは羞恥に真っ赤な顔で眉を寄せた。
「・・・ニールの馬鹿」
「大丈夫ですよ、あっちの浴槽で綺麗に洗い流しますから!」
「そういう問題じゃないし・・・!」
(・・・信じられない! 恥ずかしいよう・・・・・・)
 モジモジしているローレリアを大事そうに抱えて、ニールは嬉しそうに隣の浴槽に移動した。
 
 
 

 いくつか浴槽を移動した後に、ローレリアは抱き上げられて湯から上げられ、濡れた体に用意してあった湯布で出来たローブを着せられた。
 体に付いた水分をローブが吸収して、気持ちが良い。同じ物を着たニールに又抱き上げられて隣の衣裳部屋に連れて行かれると、その部屋の広さに驚いた。
(何これ!? 私の実家の寝室くらいの広さがあるけど!? そんなに仕舞う衣装無いから……!)
 
 沢山ある棚の扉の一つを、ニールは嬉しそうに開けて見せた。
「お好きな夜着を選んで下さい。直ぐに又脱がしますけど、着た所も見たいです」
「・・・・・・ナニコレ?」
 普段ローレリアが着ている服の5分の1程しか生地の面積が無い。これでは、服というより下着だろう。
 透けていたり、スリットが変な所に深く入っていたり、どう見ても服としての機能性に欠けるようなものばかりが、ずらりと並んでいる。
「長年かけて少しずつ集めました! これぞ男の夢と希望の集大成です!」
「・・・・・・まさか、こんなのニールが自分で選んで買ったの?」
 呆れて開いた口が塞がらない。
「はい! 皆可愛くて、どれを着ようか迷ってしまいますよね! 僕に選ばせてください! ああ、どうしようかな、やっぱり初夜はこれかな〜?」
 花嫁衣裳の下に着ていた下着と同じように白い絹でできた物を手にとって、ニールは満足そうに笑った。
「着せてあげますね」
 ふふふ、と嬉しそうに微笑みながら、ニールは手にしていた服をローレリアに着せる。
「嫌よ、こんなの!」
 脚も胸元も腕も隠れない服に、ローレリアは眉を寄せる。
「ああ、可愛いです、ローレリアさん。下はこれがお揃いです」
「何それ!? 紐!? 穿く意味ないでしょ!?」
 ローレリアの反抗を軽く流して、ニールはしゃがみこんで、ローレリアに下着を穿かせ、下着からはみ出ているお尻を満足そうに撫でてから、再びローレリアを抱き上げて寝室へ運んだ。
 
 
 
 
   
「はい、ローレリアさん。一緒に読みましょうね」
 寝台に座らされたローレリアは、ニールが手にしている若草色の革表紙を凝視した。 
「そ、それは・・・もしや・・・・・・」
「性教育の教科書完全版です! 『完全版』って響きが良いですよね! わくわくしますよね!」
 国の新しい政策として、結婚した夫婦に送られる男女の性について書かれた本を手に、目をキラキラ輝かせながら言うニールに、ローレリアは首を横にブンブン振った。
「しない! しないから! ちょっと、待ってよ、ニール!! こういう事には、心構えが必要だし・・・だって、私・・・・・・あなたと結婚するつもりなんかなかったから・・・こんな・・・その・・・心構えが・・・」
「もう、浴室で愛を確認したじゃないですか」
「あれは、あなたが無理矢理させたんでしょ!! ・・・あれはあれで、とっても恥ずかしかったけれど・・・・・・その、それを、するのと、また少し違うっていうか・・・」
 ごにょごにょ言うローレリアに、ニールは少し眉を寄せた。
 
「ペルノ伯爵の息子と結婚すると思い込んでいたのでしょう?」
「え? ・・・う、うん・・・そこから聞いてたんだ・・・・・・? 確信的な盗み聞きね?」
 姉と兄達との会話をほぼ全部ニールに聞かれていたらしい、とローレリアは顔を引き攣らせる。

「彼と結婚するつもりだったという事は、彼との初夜の心構えはあったのですね?」
「・・・まぁ、それは・・・一応・・・・・・」
 頬を染めるローレリアを、ニールは怒ったよう睨む。
 ニールのそんな顔を見るのは初めてで、ローレリアは驚いて目を見開いた。
「・・・・・・結婚して初夜を迎えるのが、あの男なら良かったのですか? あの男に抱かれたかったのですか、ローレリアさん」
 いつもより低い声で言うニールに、ローレリアは少し怖くなって首を横に振る。
「・・・だ、抱かれたいだなんて、そんな・・・・・・だって、私、何が何だか・・・・・・・」
 
「ローレリアさん、長年付き合ってきた僕を捨てて他の男と結婚しようとしていたなんて、酷いです!」
 いつもどおりの声音に戻って、いじけたように言うニールに、ローレリアはほっとして気が抜けた。
「・・・いつから私とニールは付き合っている事になってるのよ?」
「何を言っているのですか? もう15年も真面目な男女交際をしているのに! 変なローレリアさん!」
「はぁ? 何それ!?」
「え? 何を驚いているのですか?」
 きょとんと首を傾げるニールに、ローレリアは確認するように問う。
「・・・真面目な男女交際って・・・・・・あなた、いつから私と結婚するつもりだったの?」

「さっきから、何を言っているのですか? だから、僕達が結婚を約束したのは、もう15年も前のことでしょう? からかわないでください」
「・・・・・・何それ!? 知らないわよそんな話!!」
「もう、ローレリアさんのおちゃめさん!」
 つんっ、と頬を指でつっつかれて、ローレリアは混乱した顔でニールを見上げる。
 
「・・・・・・私の人生、どうなっているの!? ねぇ、勘違いはニールでしょう? 私じゃないでしょう?」
 縋るようにいうローレリアを、ニールはぎゅっと抱きしめる。
「何が勘違いなのですか? 僕は世界で一番ローレリアさんを愛していますし、ローレリアさんは一生僕の面倒を見てくれるのでしょう?」
「え、何か後半おかしくない?」
 ニールは、ふふふ、と笑って、ローレリアの唇に優しく唇を重ねた。

「ローレリアさんが僕を愛してくれたら一番嬉しいけれど、違っても、一緒にいてくれるだけで良いです。それだけで、僕、死ぬほど幸せですから」
「・・・・・・何でよ? 何であなたってそんなに私が好きなの・・・?」
 ニールの持つ地位があれば、例え中身は心もとなくとも、相手は選び放題なのだ。
 その上、この容姿だから、ニールを狙う女性は、穿いて捨てるほどいる事を、ローレリアは昔から目の当たりにして来た。人気のあるニールの心を捉えている事に対する嫉妬から来る嫌がらせも、沢山受けてきたのだ。
「理由を言ったら一ヶ月経っちゃいますよ! 僕、ローレリアさんの何もかもが大好きですから」
「・・・・・・特に何が好きなわけ?」
「この可愛いタレ目。えへへ」
 ちゅっちゅっ、とローレリアの色違いの目の下がった目尻に口付けて、ニールは嬉しそうに微笑む。
「ニールの馬鹿!!!!!」
「ああ、それです! そのタレ目で怒った顔が可愛くて大好きなんです!! その顔見ているだけで、僕、勃起しちゃって大変なんですから! ・・・もう、我慢できません・・・!!」
「絶対、趣味おかしいから!!」



「何を言うんですか。僕はとっても良い趣味をしています! ローレリアさんが可愛い所為で、今日も一日中我慢して大変だったんですからね!」
 ぷんぷん、と可愛く怒った顔で頬を膨らますニールに、ローレリアは反抗する。
「『一日中我慢して大変だった』は、こっちの台詞よ!! 訳が分からないまま、結婚式が始まっていてしかも相手が違って、もう、ホント、何がなんだか! 説明してよね、ニール!」
「ローレリアさんの唇の味は、林檎味かなぁ。僕、果物の中では、林檎が一番好きなんですよね」
「は?」
 人の話をちっとも聞かずに、ニールはうっとりしている。
「ローレリアさんの唇は柔らかくてとろけそうです・・・毎日味わえるかと思うと、嬉しくて股間がキュンとします」
「言い間違ってるから! キュンとするのは『胸』でしょ!!」
「え? でも、現に股間がキュンキュンしています。ほら!」
「きゃっ!! 触らせないでよ!!」
 硬くなった下半身を触らされて、ローレリアは急いで手を引っ込める。
「さっき洗ってもらったばかりなので、汚くないですよ?」
「そ、そういう問題じゃないでしょ!!」
「恥ずかしがらないで、ローレリアさん」
 ニールはそっとローレリアを押し倒し、体中に唇を這わせる。

「あっ・・・いや・・・・・・あ・・・ん・・・」

 力強い騎士の体の下に押さえつけられて、ローレリアは抵抗も出来ずにされるがままに愛撫され、意思に反して甘い声を漏らし、自分の声に、益々恥らう。


 
「ああ、もう!! 我慢できません!!・・・先っぽだけでも入れて良いですか?」
「・・・え? 先っぽって・・・?」
「これです! これの先っぽ、このくらい、ちょこっとで良いですから!」
 先ほどの浴室では目を逸らせていて見なかったので、今、初めて目にしたそれを、ローレリアは思わず息を呑んで凝視した。
 想像していたものよりも、わりと気持ち悪くない。
 切なげにプルプル震えている姿は、寧ろ、愛らしいかもしれない。
「・・・・・・」
 思わず先端を、つんっ、とつついてみる。
「あ・・・!」
 つんつんっ。
「ああっ・・・!」

 切なげな声を上げるニールが面白くて、ローレリアはくすくすと笑う。
「弄ばないでください、ローレリアさん!! ・・・もう、入れなくても、さっきみたいにいじってくれるだけでも結構ですから、どうにかしてください!!」
「・・・そう言えば、あれは一体何だったの? ・・・何であんな事させるの?」
 首を傾げるローレリアに、ニールは焦れながら、若草色の本を差し出した。
「教科書137ページです!」


「・・・・・・ニール、この教科書、ページ数まで丸暗記しているんじゃないでしょうね?」
「完全版も、完全版じゃない未婚者用も途中までは同じなので、途中までのページなら全部頭の中に入っていますよ! 僕の毎晩の友ですから。ローレリアさんを思い浮かべながら、毎晩こうやって・・・・・・はぁはぁ・・・」
 興奮した顔でそれを擦るニールに、ローレリアは真っ赤な顔でそっぽ向いた。
「・・・・・・変態っ!!」
「何を言うんですか。童貞の正しい嗜みですよ?」
「ど、ど・・・な、何そんな恥ずかしい事言ってるのよ!!」
 真っ赤な顔のまま振り返って言うローレリアに、ニールは怒った顔を作った。
「全然恥ずかしくないです。 じゃあ、ローレリアさんは、僕が娼婦を買ったり、他の女の子と恋人になったり愛人になったりした方が良いのですか?」
「・・・・・・そ、それは・・・で、でも、そんな、勝手に人を破廉恥な妄想に使うなんて・・・」
 非難するローレリアに、ニールは寝台から出て、棚から額縁に入った大きな絵を取り出して見せた。
「ほら、これが僕の夜のお供です」 
「は? ・・・・・・何、この姿絵!! 私!?」
「僕を慰めてくれる宝物です」
 すりすり、と絵に頬を寄せるニールにローレリアは憤慨する。
「いつこんなの描かせたのよ!? っていうか、誰が描いたのよ!? 恥ずかしいっ!!!! それに、私、こんな服着ないし!! 今はもっと凄い物を着させられているけど・・・・・・破廉恥だわ!!」
 ニールが大事そうに抱える精密画には、胸元の大きく開いた袖の無いドレスを着て心なしか誘うように微笑むローレリアの姿が描かれている。
 
「そこは、願望ですよ。・・・ローレリアさんだって、キーファー様の姿絵カード買ったくせに!」
「なっ、それとこれとは関係ないでしょ!?」
 突然の言葉にローレリアは眉を寄せる。
 元騎士長の姿絵カードをこっそり机の中に仕舞ってあるというのを、姉のみならずニールにも知られてしまったのが恥ずかしい。
「・・・キーファー様に抱かれるのを想像して自慰行為をしましたか?」
「は!? ・・・・・・え、何それ、どういう意味?」
 首を傾げるローレリアに、ニールは不機嫌そうに言う。
「・・・・・・だから、姿絵カードを見ながら自慰行為をしていたのでしょう?」
「???」
 益々意味が解からないという表情のローレリアに、ニールは訝しげに言った。
「・・・教科書97ページです」

「・・・・・・??? ・・・・・・!!??」
 言われたページを開いて読んで、ローレリアは衝撃を受けている。
 
「・・・まさか、したことないのですか?」
「ないわよ!! ある訳無いでしょ!? っていうか、私達が学生の頃はこんな教科書無かったし!! 騎士カードをこんな事に使わないわよ!! キーファー様が穢れるじゃないの!!」
 顔を真っ赤にして言うローレリアに、ニールは驚いて言った。
「・・・騎士カードはかなりの確率で、乙女の豊かな妄想に使用されていると思いますよ? キアヌ殿なんかは、男女問わずに」
「なんて、恥知らずな!! そんなの許せないわ!!!」
「・・・・・・じゃあ、何の為に買ったのですか?」
「え? ・・・こっそり眺める為よ」
 秘密を暴露しているのが恥ずかしくて、ローレリアは目を逸らせた。
「・・・こっそり眺めながら何を考えるのですか?」
「別に良いでしょ、そんなこと!!」
「・・・やっぱり、えっちな事を考えるのですね?」
「違うわよ!!」
 
「・・・・・・じゃあ、何を考えるのですか?」

 しつこく問うニールに、ローレリアはもごもごと言い難そうに小さな声で言う。
「・・・いや、だから、普通に・・・・・・格好良いなぁ、とか・・・」
 頬を染めるローレリアを見て、ニールはムスッとした。
「・・・もしかして、ニール、やきもち焼いてるの?」
「当然でしょう? ローレリアさんが僕以外の男を見るなんて嫌なんです! この世界に僕とローレリアさんだけなら良いのに!」
 突然の言葉に、呆れたようにニールを見上げる。
「そんな、極端な・・・。それじゃ色々困るし・・・」
「困りません!!」
 フンッと鼻息を荒げるニールに、ローレリアは溜息を吐く。
「・・・・・・毎日、何を食べて生活するの?」
「困りました!!」
「・・・でしょう? 料理人も、食材を運ぶ人も、食材を作る人も、必要でしょう? 食べ物の事だけじゃなくて、生活して行くには色々な職業の人の手を借りなくちゃでしょう?」
「・・・・・・僕達、木だったら良かったのに!」
 ニールが切なげに目を閉じて言うと、ローレリアは目を瞬かせた。
「木かぁ、それはちょっと素敵ね。木には口が無いけれどお互い意思疎通は出来るそうだし、食べ物にも着る物にも住む所にも困らないかもね。静かな山の中で一生を過ごす木かぁ、良いなぁ・・・」
「やっぱり駄目です!! そんなの絶対駄目です!! 木じゃローレリアさんを抱けないじゃないですか!! そんなの酷いです!!!」
「何この逆ギレ?」
 

 呆れるローレリアを、ニールはガバッと抱きしめる。

「兎に角! もう二度と、キーファー様の騎士カードをおかずに自慰行為をしないで下さいね!」
「二度とって、一度もそんなことしてないから!!」
「じゃあ、何をおかずにするのですか?」
「だから、したことないってば!」
「本当ですか? 皆やっていることだと思いますが・・・・・・ローレリアさん、性欲が無いのですか?」
「え!? 皆やっているの? 何で?」
「気持ち良いからじゃないですか?」
 当然という顔のニールに、ローレリアは頬を染めて恥ずかしそうに問う。
「・・・・・・き、気持ち良いの・・・?」
「僕は女性じゃないので女性の体験談は話せませんが・・・物凄く気持ちが良いのではないですか? 僕はローレリアさんを思って擦るのは、とってもとっても気持ちが良いです!」
「・・・・・・だから、そんな告白聞きたくないし・・・」
 ローレリアが顔を引き攣らせると、ニールは胸を張った。
「それだけ愛しているということです!」
「単なる性欲の処理じゃ・・・」

「ローレリアさんは、一生一人でやらなくて良いですからね! 僕が毎日何度でも気が済むまで気持ち良くしてあげますからね!」
 
 えへへ、と嬉しそうに笑って、ニールはローレリアの体中を弄る。
「あっ・・・あ・・・ん・・・やめてよ、ニール・・・・・・」 
 ニールは抵抗を許さずに、脚を開かせて、その間に隠された所に優しく舌を這わすと、ローレリアは快感に悲鳴を上げた。
「いやあっ!! ・・・やめて、ニール!! あっ・・・ああっ・・・いやっ!! おかしくなっちゃう!!」
「・・・なって・・・なって良いよ、ローレリアさん・・・」
「ああっ・・・!!」
 びくっびくっと体を震わして達したローレリアを、ニールは強く抱きしめる。
「ローレリアさん・・・」

 興奮して息を荒げながら、ニールは放心したローレリアを愛しげに見つめて、貫いた。

「っ・・・!!」

 激痛に声も出ないローレリアの頬に額に唇に首筋に口付けを落としながら、ニールはローレリアの中に熱い想いを放った。

「ああ・・・!! 愛しています、ローレリアさん・・・」



 







「・・・・・・ねぇ、ローレリアさん・・・」

 暫くただ黙って抱き合っていた後、ニールが思い付いたように言った。
「・・・うん?」
「キーファー様の騎士カード、自分で聖騎士城に買いに行ったのですか?」
「え? ・・・あなた、まだその話題を引っ張るの? しつこいわね・・・」

 呆れ顔のローレリアに、ニールは真剣な顔をする。

「重要な事なんです。自分で買いに行ったのですか?」

「・・・そうだけど・・・・・・何で、そんな事聞くのよ? それのどこが重要なわけ?」

 訝しげに問うローレリアの言葉に、ニールは不機嫌な顔をしてローレリアをぎゅっと抱きしめた。
「・・・僕の騎士カードも買ってくださいね!」
「え? 何で? 嫌よ。この前、押し付けられたのが沢山あるし」

 冷たく言うローレリアに、ニールは顔を歪める。
「・・・キーファー様の騎士カードは買ったのに、僕のは買えないのですか!?」
「・・・買えないんじゃなくて、買う必要が無いでしょ? ニールが束でくれたから、売るほどあって持て余しているし、目の前に実物がいるんだから、カードなんかいらないでしょ。・・・良く解からないけど結婚しちゃったみたいだから、これから嫌でも毎日顔を合わせるし・・・っていうか、今までも何故か毎日顔を合わせていたけど・・・」
「付き合っていたのだから、毎日会うのは当然じゃないですか」

 何を言っているのだという顔をするニールに、ローレリアは顔を引き攣らせる。 
「・・・付き合ってないし。それ、ニールの勝手な思い込みだから・・・」

 

「僕のカードも、ローレリアさんが自分の手で購入してください!」
「だから、何で・・・大体、夫の姿絵カードを購入するなんて、滑稽でしょ」

 想像するだけで、ちょっと恥ずかしい。

 そんなローレリアの表情を見て、必死な顔のニールは益々憤慨する。
「滑稽だなんて思いません! 『ああ、愛されているんだな、羨ましいな』って思いますよ!」
「・・・・・・そうかしら? ・・・どっちかって言うと、『うわ、夫の姿絵カードなんか買ってるよ、うぜぇ』とか思われると思うけど・・・。あ、でも、私の顔って知られていないからバレないかもね」
「・・・・・・愛が足りません!!!」
「え?」

 泣きそうな顔のニールに、ローレリアは目を瞬かせる。
「もう、良いです! この先何十年もありますから、気長に持ちます。その内、きっと、ローレリアさんも僕を死ぬほど愛してくれると信じていますから!」
「はぁ・・・死ぬほど、ねぇ・・・」

「もう、ローレリアさんは僕のものですからね。他の男に取られないから、安心してゆっくり口説けるので安心です。あ、思わず安心って二回言っちゃいました! ふふふ」

 なにやら機嫌が直ったらしいニールに、振り回されているローレリアは溜息を吐いた。

「・・・変なの・・・・・・」

 
 結婚してから婚約に気が付いて、二人で裸で湯を浴びてから口付けて、抱き合った後にこれから口説くと宣言されて、順番がめちゃくちゃだ。

「僕は今までもずっと、身も心もローレリアさんのものだったけれど、正式に国に認められてローレリアさんのものになれて嬉しいです」
「はぁ、ニールが私のもの、ねぇ・・・」

(……ん? ニールが私のもの……?)

 ローレリアは首を傾げた。

 ということは、ある日突然「好きって言っていたのは冗談でした〜」と、ニールに言われることはないのだ。

 そう思うと、何故か物凄くほっとした。

(え? 私、もしかして、それが怖かったの?)

 ローレリアは、自分の思い付きに頭を捻らせる。 
(だからニールを好きにならないようにしていたとか? まさかねぇ……)

 

 好きになるのが怖かった?
 それではまるで、本当はニールに恋をしていたと言っているみたいではないか。

 ローレリアは苦笑した。ニールに恋をしているなんて、そんなの、「変」だ。
 確かにニールの事は、好きか嫌いかと聞かれたら、好きだ。
 即答できる。
 身分が全然違うのに、一番の幼馴染で育ってきたし、何をやっているのだと呆れる事の方が多いが、意外と頭が良くて鋭い意見を言ったり、笑わせてくれたり、いつも自分のことを喜ばせようとしてくれるニールと一緒にいるのは楽しいと思う。ずっと一緒にいたので、離れ離れになるのを具体的に想像するのは難しい。

(…………え!? もしかして、本当に、私ってニールのことが男として好きなの!?)

 

 今まで、ニールを男として見たことはなかった。
 何故ならば、自分とはあまりに身分が違うから。
 いつか、他のもっと彼に相応しい相手のものになってしまう人だから。
 だから、ずっと「友達」でいたかった。

(私のもの……?)

 

 

「・・・ローレリアさん?」

 不安げ顔を覗き込むその美しい男が、自分だけのものだと思うと、ローレリアの胸の奥に、感じたことのない感情が渦巻いた。
 それは、とても甘美で、酷く醜くて、それでいて、この上なく美しい感情だった。
 ローレリアは、ニールの鮮やかな青の瞳を見つめて、何故だか解からないが涙が零れた。

 それを見て、はっとしたニールは切なげに眉を寄せて、ローレリアの涙を拭い、濡れた頬を優しく両手で包んだ。
「・・・僕、本当に、ローレリアさんのことが好きなんです。一生大切にします。あなたへの愛は誰にも負けません。あなたを守ります。・・・・・・僕を・・・信じてください」

 苦しげに真剣に言うニールに、ローレリアは優しく微笑んで頷いた。
「・・・・・・うん・・・」
 そっと抱き寄せられたローレリアは、互いの体温が溶け合い、優しい幸福感がゆっくりと体に染み込むのを感じて目を閉じる。ニールの腕の中は、とても心地良く、ずっとそうしていたいと思った。

 

「愛しています、ローレリアさん」
「・・・・・・うん・・・・・・」
「僕はローレリアさんがいないと、生きられないんです」
「・・・・・・うん・・・」
「あなたがいないと駄目なんです」
「・・・うん・・・」
「じゃあ、もう一回、良いですか?」
「・・・う・・・・・・ん? え? 何ですって?」
「嬉しいです! ローレリアさん!!」
「ちょ、ちょっと! 何言ってるのよ、ニール!!」
 がばっと顔を上げて体を離したローレリアに、ニールはにっこりと無邪気に微笑むと、ぎゅっと抱きついた。

「大好きです、ローレリアさん!! あなたは僕の希望の光です! 女神の下さった奇跡です! あなたこそが僕の女神です! あなたの笑顔は例えるならば・・」
「もう良いから!! 聞いている方が恥ずかしいから!!」

 ニールの日課とも言える愛の告白を遮って、ローレリアは顔を真っ赤にした。毎日言われても恥ずかしいものは、恥ずかしい。
「照れちゃって、可愛い!」

 怒った顔で腕から逃れようともがいたが、いつもどおり、無駄な抵抗だった。

 

 

 
 ニールから逃れられない事など、当の昔に知っていた。
 本当は、こうなる事を、初めから直感で分かっていたのだ。
 そして、心の奥ではそれを望んでいたのだろう。
 ただそれを、認めたくなどなかっただけ。

 

 ニールを好きなことも、認めたくなかっただけ。
 昔から、きっと、好きだった。
 ずっと、好きだった。

 

 

(あなたはね、例えるなら、「女神の気まぐれ」。
 きっと、女神が気まぐれで、あなたの心に私の名前を刻んだの。
 それで、私なんかにこんなに執着しているのよ。
 馬鹿ね。
 馬鹿で可哀想な人。
 だから、仕方がないから、私が一生面倒を見てあげるわ)

 

 優しく微笑むと、ニールはほっとした顔で、幸せそうにローレリアに抱き付いた。 



 

(ニール、あなたを愛しているわ。…………たぶん、ね)
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 了 ―2009年2月11日―

 
 

  

―後書きのようなもの―
 
  UPする予定の順番を繰り上げて、ちょっと急な感じで連載を始めたニールXローレリアでした。 
 「アスガルド王国三兄弟物語」が終わったら書く予定のナサニエルの話の前に、
 彼の両親と彼の家の雰囲気をお見せしておきたくて、予定していたチャーリーXナターシャを後回しにしました。
 
  前作のケイリーが予想外に人気があったので、ケイリーのようなインパクトの無いローレリアが主役で少し不安でしたが、
 連載中に何人もの読者様からローレリアをお気に召してくださったとメッセージをいただいて、安心して書き進められました。
 いつも、読者様のメッセージには大変励まされています。ありがとうございます。
 ニールもご好評をいただいて、嬉しいです。
 次のニールサイドでは、彼の心情が暴露されますので、それを読んだ後も好きでいてくださったら嬉しいです……。ドキドキ
 
  結局、どうしてニールと婚約したのか、3ヶ月の間に何があったのか、ローレリアは知りません。(汗)
 種明かしは、次のニールサイドまで持ち越しで、すっきりせずにすみません。 すっきりしたのはニールだけ。(←え?)
 そんな終わり方なので、ニールサイドを早めに始めたいです。
 流され続けるローレリアの人生ですが、本人が幸せなら良いかな、と思います。
 
 
 

 

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