黒獅子

 


「ネグリタと仲良くしておけば、将来安泰だろ」

 
 その発言の主を確認して、くつくつと笑いが込み上げた。私がお前と仲良くするなどと思っているのか。馬鹿な奴め。
 

 
 騎士学校も3年目になれば、こんな台詞はもう聞き慣れている。
 私の先祖はケルトレア王国『建国の聖五騎士』の一人。建国王を支えた四百年も昔の5人の英雄の直系子孫は、今でも王家から特別の信頼を得ていて、与えられている『聖騎士爵』という特殊な爵位は、王族に次ぐ高位である。
 我々騎士学生の大半が卒業後に属する王国騎士隊は、建国の聖五騎士に倣って5部隊から成り、騎士長を含む各部隊長は『聖五騎士』と呼ばれる。基本的に、『聖五騎士』は『聖騎士爵』の5家の出身者から選ばれる。つまり、学友達の少なくとも5分の1は、
将来の私の部下になる。その上、私が騎士長になれば全員部下になるということは馬鹿でも解かり、媚を売る者は後を絶たない。
 我が家は代々騎士として王家に忠誠を立て、国を守ってきた。父、エクトル・ネグリタは、騎士長を勤めていた4年目に、国を守って戦で命を落とした英雄だ。祖父ガウェイン・ネグリタは16年騎士長を勤め上げた後、現在、騎士隊の理事長を務めている。無論、私も騎士長を目指す。
  
 ネグリタ家といえば、ケルトレア王国で知らない者はいない名家中の名家。騎士の中の騎士。騎士学校で、聖騎士爵家の跡継ぎの私が、僻み妬み下心、その他諸々の対象になる事は避けられない。そんな事は、十分承知している。生まれた時から定められた道だ。14歳の今になって、気になる事でもない。
  
 私は未来の国の要。騎士隊を支える定め。ライオネル・ネグリタという名に相応しい男になる事が、私の義務。
 一生食うに困らないだけの地位と財力の代価に、自分の義務を果たすのは当然だ。自分の今の状況にも、将来にも何も疑問は無い。しかしながら一つだけ、他人に言われて気分を害する事がある。
 

 
『本当に、エクトル様に似てこられましたな』
『まるでエクトル様を見ているようだ』
『エクトル様がお懐かしいですわ』  

 
 生まれて14年、年々増え続けているこの台詞。
 何時まで経っても、受け入れ難い。
 何と答えたら良いのか分からないのだ。
 自分の姿が、5歳の時に亡くした父に日に日に似てきていることぐらい、父の肖像画
を見ては嫌という程に思い知らされている。
 
『どうもありがとうございます』
『皆、そう言います』
『父も思い出して頂けて喜んでいることでしょう』  
  
 どう答えたところで、苛立ちは収まらない。

 剣の腕が上がる程に、賞賛されるのは私ではなく父と祖父。
 誰もが私の後ろに、父と祖父を見る。
  
『流石、ガウェイン様の跡継ぎですね』
『エクトル様と太刀筋が良く似ていらっしゃる』
『まるで生き写しだ』
 

 
 私は父の代わりでも祖父の後釜でも無く、一人の男として国を守る立派な騎士になりたい。
 それなのに、誰も私を私一個人として見てはくれない。
 どうして、そんな台詞を言うのだ?
 この虚しさがお前達に解かるか?
 頼むから、放っておいてくれ。

 

 ……そんな事は口が裂けても言えない。
 放っておいて貰いたいと願うなど、義務の放棄だ。
 父と祖父の代わりとして見られる事も、私の義務。
 私の定め。
 そう思えば、諦めがつくだろう。

 

 ……つくわけがないか。
 人は皆、他人の代役などではなくて、自分自身を見てもらいたいものだろう。
 私だけを、見て欲しい。
 それは贅沢な望みなのだろうか?
 この名を持つ限り、誰も私をただ一人の人間としてなど見てはくれないのだろうか?  
 
 
 
 
 
 
「今日で私も、法律上、成人だから、大人になりたいの。ライオネルが相手をしてくれる?」
 
 突然、淑女らしからぬ台詞を言ってにっこりと微笑んだ少女は、私の幼馴染で数少ない気の置けない友人の一人。彼女は、私を一人の人間として見てくれているのかもしれない。家柄がどうのこうのと解かる歳になる前に知り合ったのだから、その可能性はある。昔と変わらない態度で接してくれる彼女に、私は特別な好意を持っていた。
 今日の誕生祝賀舞踏会の主役である彼女、ニムエは、長い艶やかな黒髪を綺麗に結い上げて胸元の開いたドレスに発育の良い豊満な身を包み、眩いほど美しい。
 3歳年上のニムエは、覚えていない程幼い頃からの友人だ。姉や妹のように思い慕ってきた彼女の突然の申し出に、私は驚いた。彼女の部屋に連れて来られて二人きりになっても、まさかこんな展開になるとは予想もしなかった。
 
「それは、お前を抱けという意味なのか?」
「そうよ。ふふふ。女を抱いた事ある?」
「ない」
 

 
 騎士学校に入って以来、女から誘われる事が何度もあったが、何故かその気にならなかった。学友達は、それを酷く勿体無がって、私に男色の気でもあるのか? と冗談で言う。男に欲情した事は無い。女に欲情する事はある。今夜、今目の前にいる女に欲情しているのが良い証拠だ。
 ニムエ以上に美しく可愛い女を私は知らない。贔屓目かもしれないが。
 今宵、何度彼女の豊かな胸に、その美しい脚に触れたいと思ったことだろう。
 しかし、ニムエに誘われるなどとは夢にも思わなかった。今まで、友達以上の関係になった事など無かったのだから。
 ダンスを踊った時、密着する柔らかな体に、自分の体が反応しないように、気を落ち着かせようと奮闘していたのがばれたのだろうか? 欲情した雄の視線を投げかけていたのだろうか? そうだとしたら、みっともない事だな。
 

 
「じゃあ、抱いてみる?」
 ニムエは嬉しそうに笑った。
 その笑顔を見ると、いつでも胸が温かくなる。やはり、私はニムエが特別に好きなのだろう。欲情もしている事だしな。
「私が好きなのか?」
「好きよ」
 
 ニムエはそっと私の頬を撫でた。その柔らかな指先に触れられると、痺れるように体が熱くなった。
「男としてか?」
 私は動揺を誤魔化す為に、冷静を装う。
「男として。あなた、3つも年下のくせに、私と同い年の男達なんかよりも、ずっと大人なんですもの。本当に美男子だし。子供の頃から知っていて気安いしね」
「そうか」
 ニムエに褒められると、嬉しくなる。ニムエは嘘を言わない。いや、言えない性格だ。それがニムエの一番の美点。
  
「いままでそんな素振りは見せなかっただろう?」
「うん。だって中途半端じゃ嫌だから。大人になってから抱いて欲しかったの」
 いつもニムエの感覚は少し面白い。少し首を捻っている私の手を取って、ニムエは私を寝台に導く。
 
 
「女の抱き方分かる?」
「騎士学校の宿舎では、そんな話ばかりだ」
「ふふふ。やっぱりそうなんだ。ライオネルだって興味あるでしょ?」
「ああ、興味はあるな」
 教科書で読むのや人に聞くのと、実践は大きく違うものだから、実践に興味があるのは当然だろう。あれだけ皆が夢中になるのだから、さぞかし良いものなのだろう。
 建て前はさて置き、私はニムエが欲しい。

「じゃあ、いいわね。避妊具はちゃんと用意したから、着けてね」
「解かった」
 避妊具を渡されて、私は真面目な顔で頷いた。
 性教育の授業で習ったが、上手く装着できるだろうか? そもそも、これをニムエは一体どこで手に入れたのだ?
「優しくしてよ?」
 上目使いで私を少し不安そうに見るニムエの瞼に、頬に、軽く唇を寄せる。美味そうな唇に自分のそれを重ねると、初めてのその柔らかさに驚いて、夢中で味わった。ニムエは少し恥ずかしそうに頬を染め、それがとても可愛らしくて、堪らなくなって強く抱きしめた。

「初めてだから、分からないが、努力する。痛かったら言ってくれ」
「ふふふ。ライオネルは正直ね」
 私が人前で正直になることはあまり無いという事を、お前は知らないのだろうな。
 

 
 
 腰を抱き寄せ、深く舌を絡め取って口付けを繰り返すと、私のものは苦しい程に硬くなった。私は彼女のドレスを脱がせ、零れ落ちた豊満な胸を見ると、堪らなく吸い付いた。舌で先端を転がして、もう片方を円を描くように手で揉み堪能する。
  
「あっ・・・ああん・・・・・・ライオネルぅ・・・」
 ニムエの上げる甘い声に益々興奮して、彼女を寝台に寝かせて自分の服を脱ぎ、私は彼女の上になった。
「これが私の中に入るのね? 不思議・・・。固く熱くてなって上を向いているわ」
 私のものに手を伸ばし、そっと両手で撫でながら、ニムエは私の気持ちを高ぶるらせるような事を、さらりと言う。私は荒い息を整え、達しそうになるのを堪える。
「興奮しているからだろう。女は興奮すると男を受け入れるために濡れるのだろう? 濡れたか?」
 我慢できずに、ニムエの大切な場所を下着の上から指で触れてみると、しっとりと濡れているのが分かった。ニムエの体も、私を欲しているのだと分かり、思わず息を呑んだ。
 
「冷静な口調で言わないでよ、もう! ロマンティックじゃないわ」
「仕方ないだろう。こういう喋り方しか出来ないのだから。知っているだろう?」
 実際のところは、冷静から程遠いのだが。ニムエの濡れた下着を脱がして、聖域に直接指を這わす。
 
「ああん・・・あっ・・・あっ・・・・・・ああん・・・ライオネル・・・ああっ・・・」
「気持ち良いか?」
「・・・うん・・・・・・すごく・・・気持ち良いわ・・・・・・」
「ここが気持ち良いのだと聞いた」
「ああっ・・・いやぁっ・・・・・・すごいのっ・・・あああっ・・・!!」
 
 花弁を開いて溢れ出させた蜜を指に絡め、花芯を刺激しながら内を反対の指で少しずつ犯すと、ニムエは益々甘い声を上げ、程なくして達した。人が自分によって快感に達するという事の方が、自分が快感に達するよりも私に快感を与えるのかもしれない。
 

 
「ああ・・・これがイクっていうヤツなのね。もう、ライオネルは何をやらせても上手よね。本当に器用なんだから!」
「良い事だろう?」
 ニムエが感じているのを見て凄く満足した私は、自分が誇らしくなった。
「良い事だわ。ライオネル大好き!」
「そうか。良かった」
「今のは駄目ね」
 ニムエが愛らしく眉を寄せて唇を尖らせた。
「何が駄目なのだ?」
「私が大好きって言ったら、ライオネルも大好きって言うのよ」
「そうか。私もニムエが大好きだ。・・・・・・挿れて良いか? 流石にもう我慢出来ない」
「もう! ライオネルは本当に正直なんだから!」
 

 

 そう、私は彼女が好きだった。
 物心ついた時からの気が合う友人で、姉で、妹で……家族の様だと、そう思っていた。

 

 よもや、裏切られるとは。
 
 
 
 
 
 
 彼女の誕生日に初めて女を知ってから3年程、彼女以外の女を知らなかった。
 ニムエはとても可愛い女だった。
 私は、自分の両親や周りの多くの貴族達のように、家の外に恋人はいらない。ニムエさえいればいい。ニムエが子供が沢山欲しいと言うから、沢山作って可愛がろう。彼女とならば、きっと本物の家庭が作れるだろうと思っていた。
 
 
「ねぇ、ライオネル。・・・ライオネルが大人になったら、結婚してくれる?」
「ああ」
「え? 本当? そんなに簡単に返事して良いわけ?ネグリタ聖騎士爵家の跡取りなのに」
「ニムエの家ならば、全く問題は無いだろう? お祖父様同士が友人だから、お祖父様達は大喜びだろう?」
「・・・そうね。・・・・・・ねえ、私のこと好き?」
「何を今さら? 何度も好きだと言っているだろう?好きでなければ、休みに態々会いには来ないし、結婚する気も起きないだろう?」
「・・・そうね」
「?」
 
「ねぇ、もし私が・・・私の家が、あなたの家と釣り合うような名家でなかったら、どうする?」
「どういう意味だ? そうしたら出会っていなかっただろう? お祖父様同士の交流があったからこそ、幼い時から一緒にいたのだから」
「・・・そうね」
「じゃあ、もし私が、あなたを欲しいと私の誕生日に言わなかったら?」
「・・・どういう意味だ?」
「あなたは私を女として見てはいなかったでしょう? 私があなたを好きでなくとも、私を好きになったと思う?」
「ニムエが私を好きでなかったら、共に時間を過ごしていないだろう?何を言っているのだ? 今日のニムエは何だかおかしいぞ?」
「・・・そうね」
 
 
 
 何故、彼女が私を裏切ったのか、未だに解からない。
 彼女は、私が好きだった。
 私も、彼女が好きだった。
 それなのに、彼女は私の成人を目前にして、他の男と婚約した。私より10歳も年上の男だった。
 
 どうして、ニムエは私を裏切ったのだろうか?
 
 騎士見習いになり、忙しくて彼女と過す時間を中々取ることが出来なかったからだろうか?
 そうなのだとしたら、騎士の妻には向いていなかったのだろう。
 裏切られるのならば、早い内で良かった。
 結婚してから裏切られては堪らない。
 不在時に他の男の子供を孕まれては困るからな。
 
 
 女など、どうせ裏切るのだ。
 幸せな家族など、やはり幻に過ぎないのだ。
 答えの解からぬ私は、そう思う事で無理やりに自分の気持ちを片付ける事にした。
 
 
 
  彼女で覚えた女を抱く興奮と、それが心身ともにもたらす日々の苛立ちを打ち消す爽快さは、それ以外では得る事は出来ず、私は一夜限りの関係を持つ事を覚えた。
 女に声をかけて閨に誘う方法は、騎士仲間の行動を酒場で観察して覚えた。どの女でも、声を掛ければ必ず付いて来て私に抱かれた。ニムエが誉めたように、私は器用だから、とても容易い事だった。

 
 
 ある時、自分が声を掛けるのは、ニムエのような長い黒髪に豊満な体の年上の女ばかりだという事に気が付いて、自分が可笑しかった。更にそれは、愛を与えてくれなかった母親と同じ容姿の特徴だという事に気が付いて、虚しくさえなった。
 
 女を抱いては、ニムエの事を思い出した。
 彼女を抱いて得たものは、興奮と爽快さだけではなく、温かな幸せだった。
 他の女をいくら抱いても、興奮と爽快さの他に得られるものは、微かな虚しさだけだった。どんなに美しい女も、彼女がくれたその柔らかな気持ちを、私にもたらしてはくれなかった。
 
 
 ニムエはどうして私を裏切ったのだろうか?
 彼女は、待ちくたびれたの、早く結婚して子供が欲しかったの、と言った。
 嘘だった。
 上手く嘘のつけないニムエは、嘘をつこうとする時には決まって少しだけ左下に視線を泳がす。その分かり易い視線を私は見逃さなかった。
 
 あと数ヶ月で私は成人したというのに。あと一年もすれば正式に騎士になって結婚も出来たというのに。
 何が本当の理由なのだろうか?
 あの男が、私よりも良かったのだろうか?
 それとも、私が何か間違った事をしたのだろうか?
 知らずの内に、彼女を傷つけていたのだろうか?
 どうでも良いではないか。もう、どうする事も出来ないのだから。
 そうだ、これで良かったのだ。
 
 
 声を掛けられれば、嬉しそうにその身を投げ出す女共。
 女とは、なんと愚かな生き物なのか。
 女など、性欲の処理に使うもの。
 跡継ぎを産ませるだけのもの。
 政略結婚の道具。
 それだけだ。
 そうだ、二度と心を許すものか。
 二度と大好きなどと思うものか。
 もう二度と裏切られるものか。
 信じなければ、裏切られる事も無い。
 
 それでも、胸の奥の寂しさをそっと包んでくれたあのぬくもりが、時折、無性に恋しかった。
 
 
 
 
 
 
 久しぶりに顔を出した夜会でニムエを発見した。彼女は私の視線に直ぐに気が付いた。
 目を逸らすのも大人気ないので逸らさずにいると、昔と変わらない無邪気な微笑みを向けながら近付いて来た。久しぶりに見た彼女は更に美しくなっていて、その堪らなく懐かしい微笑に酷く動揺した自分が可笑しかった。
 
 
「3年ぶり?」
「ああ」
「立派な騎士として活躍していると噂を聞いたわ。まだ20才のくせに、副官になったんですってね。おめでとう。流石、黒獅子よね! 聖五騎士になって、騎士長になるのもきっと直ぐね!」
 嬉しそうなニムエの笑顔に、私は胸が痛くなり、目を逸らした。
  
「ああ、ありがとう。お前は子供を無事に産んだそうだな、おめでとう」
「ありがとう。男の子なの。今、4ヶ月よ」
「そうか。少し太ったか?」
 幸せそうなニムエに嫉妬したのか、私は思わずそんな言葉を言う。ニムエは少しも見目が悪くなってなどいない。寧ろ、昔よりもより一層美しいと思う。元々華奢というよりは柔らかく豊満な体の持ち主だ。多少ふくよかになっても、その美しさと愛らしさが変わることは無い。
「ふふふ。まだ体型が完全に戻っていないからね。その内また元に戻るわ」
「どうだかな」
「もう!」
 昔と同じ様に、口を尖らせて怒った顔をするのが可愛かった。愛しさが込み上げて、抱きしめてしまいたくなるのを必死に堪えた。
「幸せそうで良かった」
「ありがとう、ライオネル」
「ニムエ・・・・・・」
 
「なあに?」
「・・・食べ過ぎには注意した方が良いぞ?」
「もう!」
 
 
 
――ニムエ、私は本当にお前が好きだったのに、どうして私を裏切ったのだ?
 
 
 口から出そうになった台詞に自分で驚いた。
 馬鹿な事を。
 もう、過ぎたことではないか。どうでも良いではないか。
 ニムエはあの男と家族を作って、こんなにも幸せなのだから。
 彼女といると温かな気持ちになった。温かなニムエの周りには、温かな家族がいる。
 ニムエの両親は、いつまでも仲が良い。だからきっと、彼女の作る家庭は「本物」なのだろう。
 
 私の両親の間には、愛など無かった。
 私は、一生一人きりの定めなのだろうか?
 私はニムエと違って、愛など無いのに造られた子供だから、だから、愛など得られないのだろうか?
 憧れたところで、どういうものなのか知らないものなど、手に入れることは出来ないのかもしれない。
 
 私は、生まれた時から剣を握って固くなっている左手を眺めた。
 この手に握られるのは、剣のみ。
 この手は赤く血塗られて、この国を守るのみ。
 愛など、一生手にすることは無いのだろう。
 きっと、それが私の定めなのだ。
 
 
 子供の頃にニムエが私に付けた「黒獅子」という渾名は、勇猛な騎士の渾名に相応しく、多くの者が好んで使うようになった。
 家柄と、コネと、実力と。私にはどれもが揃っている。
 あと10年もすれば私は騎士団長に上り詰めるだろう。
 立派な騎士団長になって、ニムエが家族といつまでも幸せに暮らせるように、この地を守ろう。
 この手に愛を握れなくとも、せめて幾万の愛のある手を守る獅子になろう。
 
 強くなろう。
 誰よりも、強く。
 この地を守るために。
 幾万の愛ある手を守るために。
 
 
 そうすれば、私は……
  
 この手に愛を包んでいる事になるのだろうか?
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 了 ―2007年8月28日―

  

―後書きのようなもの―
 
 この「黒獅子」と「千夜一夜」が基盤になって、このサイトとこのサイトの世界&キャラクターが出来ました。
 折角小説サイトを作ったので、連載中の長編も欲しいな、と思い、「アスガルド王国三兄弟物語」を作りました。


 ニムエが望んだものが自分の望んだものと同じだったという事に気が付かなかったのは、ライオネルが若かった所為かと。
 すれ違ってしまっただけで、「嫌な女」ではなく「良い女」として書いたつもりなのですが、嫌われ役になっていないといいな……。
 ニムエに失恋したライオネルは、愛妻フェリシテに出会うまで10年以上、愛の無い人生を送る事になります。
 お気づきになられた方もいらっしゃるかもしれませんが、このサイトは固有名詞で色々遊んでいます。名前の由来は様々です。(RECORDページをご参照ください)
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